第28話 ベルファ・ライテルーザ〈エミラへの疑問〉

 黒煙の結界の中、馬頭はアイル達に殺意を向けていた。


 ベルファは自ら発動させたにも関わらず目の前の異形に驚愕していた。

 

(なんだコイツは……!? エミラはこの魔符に何を仕込んでいたのだ!?)

 

 ──だが、馬頭の取った行動は予想の外であった。

 

 3メートルはあろうかという漆黒の、身の丈ほどの大斧を地面に叩きつけると、公爵の後方に控えていた騎士達は、地面から伸びた鋭利な〈地槍ランス〉により胴を真っ二つにされ、ベルファだけが残っていた。

 

 これに驚いたのはアイル達だけではない。

 味方を殺されたベルファは我が目を疑っていた。

 

「──貴様!! 何をしている!! なぜ味方を殺したーー!!」


 ベルファの声になんの感情も持たず馬頭は答えていた。

 

「我が主人あるじはエミラ様である。貴様のようなゴミではない。エミラ様の命令で貴様だけは生かすように言われている」

 

「──何を言っている……? お前はエミラが私に渡した道具であろうが!!」


 動揺を隠せぬまま、その声には困惑と怒りが浮かんでいた。

 馬頭は目つきを鋭くすると、語気を強め敵意を向けて言った。

 

「──人間! 貴様がエミラ様より上位なわけがなかろうが! 分を弁えろ!! 貴様の目の前の人間達は殺してやるのだからエミラ様に感謝を捧げよ!」


 馬頭の言葉に怒りが頂点に達したベルファは、大剣を引き抜き雷で全身強化を行うと、一歩踏み込み、馬頭を真っ二つにするべく下段から上段へとへと切り上げた────!


 だがそれは、甲高い音と共に防がれた。

 

「────!?」


 ベルファは言葉を失っていた。

 雷を纏った大剣は粉々に砕け、馬頭には一切の傷も刻む事はなかった。

 

 決して力を抑えてはいなかった。

 味方を殺したバケモノを本気で消そうとしていた。

 

 だが結果は剣が砕けただけであり、馬頭は自身に敵意を向けたベルファの首を掴むと、そのまま握りづぶす勢いで力を込める──が、エミラに絶対服従であるため殺すことはなかった。

 

「人間! エミラ様の命令がなければ貴様を殺しているぞ!!」

 

 そう言い放つと城壁へと投げ飛ばしていた。

 大きな音を立て、壁にぶつかるとこうべを垂れていた。

 

 ベルファはこの時初めて、エミラに遅すぎる疑問を抱いていた。

 

 息子のためを思い、剣術が優れているエミラを雇った。

 その強さと部下からの信頼も厚かった為、自らの側近として置いていた。

 

 だが、目の前のバケモノはそのエミラを主人と発し、自分の命令に従うどころか、他の騎士を殺してのけた。

 

 彼女は一体なんなのだ──……?


 この時、ベルファの頭に、なぜか過去の出来事が思い浮かんでいた────



 ──13年程前、姉である女帝ミリーザ・ライテルーザとその皇配テアル・ライテルーザとの間に、事を────


 

 ※ ※ ※



 当時、自らの側近をしていた者から、産まれたての姉の子を狙う輩がいるという話を聞かされた……。

 

 女帝の娘であるために、権力を求める貴族達は、敵対諸国の貴族に情報を渡す代わりに自らを優遇し、要職に就けるようにと交換条件を提示していると理由も聞かされた。

 

 そして、そんな話を聞かされた以上は『守らなければならない』と。


 だが、姉ミリーザは酷い難産で、その意識は朦朧としている。正常な判断ができない。

 なら改めて、自分が『この子を守るべきだ』と考えていた。

 

 皇配のテアルと相談し、この子供を隠すことにした……ほどぼりが冷め、姉の意識が完全回復するまで……。

 

 少しだけ、少しだけだと……

 

 そして信頼のおけるメイド長に、十分な金子を渡し、少しの間ライテルーザから離れるように伝えた。


 帝都民及びその周囲の人間達には『』と噂を流した。


 これにより、姉の子の命を狙う輩から関心を奪おうと考えていた。そして、姉の意識が完全に回復すれば、また戻せば良いと……。

 

 だが、この考えは姉の子どもを死なせる結果となってしまった。

 

 メイド長は自分の子どもと偽りつつ国外へと逃げた。海を挟んだ向こうにある〈〉付近へと。


 メイド長に託して程なくし、〈緑大都グリック〉の周囲の森で魔物のスタンピードが起きたと連絡があった。

 その際に巻き込まれたメイド長と姉の子どもが死んだと報告を受けた。

 

 報告をしてきたのは『輩から狙われている』と報せてくれた側近──アエラル・アミフヴという女性であった。


 燃えるような赤い髪を持ち、頭の切れる女性で、政治、経済、貴族社会にも精通していた。

 その側近もこの騒動の数日後、忽然といなくなり姿を消した。


 涙ながらに、ことの経緯いきさつを姉に説明した。

 意識を完全回復したミリーザは、涙を浮かべながらも、我が子の為にした自分を咎めなかった。だが、姉ミリーザは難産の影響で、すでに子どもが産めなくなっていた。


 そして、難産の末に亡くなったという噂から、2人の間にはと変わっていった。

 


 この数年後、今度は自分自身に第一子の男児が誕生した──


 この子には、公爵という立場の自分に何かあった後に、姉の側にいさせる為、剣術を教え込もうとした。しかし、自分では教えるだけの時間が割けなかった。

 

 その際、1人の女性の噂を耳にした。

 剣術が優れ、頭の切れる冒険者が居ると……。

 早速その者と会い、息子の剣術指南役を依頼した。

 

 右目に眼帯をした金髪長髪ロングの知的な女性で、エミラ・ヴァルファと言った。

 どこかアエラルに似た雰囲気を醸し出していたが、髪の色はもちろん、放つオーラが全くの別人であった。


 女性は快く引き受けてくれた。

 さらには、アエラルと同じように側近も務め、近衛騎士のまとめ役も務めてくれた。

 実にできた女性であった。

 

 そして、魔災大戦の始まる約2、3年程前──

 2度目となるグリート王国の森で、魔物のスタンピードが起こったと情報がきた。

 

 その直後、エミラから緊急の報せが入ってきた。

 それは、亡くなった筈の姉のという報告であった。

 エミラには過去の出来事を話し、それを含めて息子の先生を依頼していた。

 

 エミラにその娘を連れてくるように命令をした。 

 数日後、その娘を連れてきた。

 姉と同じ銀髪をし、魔力の感覚も姉と似ている女の子であった。

 雰囲気は暗く言葉を喋らなかった。

 

『精神的な負担の影響では?』とエミラから聞かされ、姉にこんな事になってしまっている我が子を、すぐには会わせられないと考え、回復するまでは姉には黙っておこうということにした。


 その姉の子を匿いつつ、回復を待っていたある日、魔災軍との戦いから戻ってきた騎士、冒険者達のその中の1人の少女を、姉のミリーザが褒章として、皇族に引き取り、帝位継承権を与えると話が来た。

 

 それには驚いたが、姉のやりそうなことだと考えていた。


 そこにエミラから助言をされた。

 

『このままでは、ベルファ様が保護なさっている女帝の娘の立場がなくなるのでは? ミリーザ様は大々的に言っておられます。今さら、死んだ筈の娘と言われる者が現れても現状が悪化するのではないでしょうか?』


 確かにその通りであった。

 姉君が発表した以上、どこの誰かも分からない小娘に、自分が保護している本物の娘が窮地に晒されるかもしれないと……。

 

 それを踏まえ、信頼のおけるエミラは言った。

 

『なら、その冒険者の娘をしまいましょう……。そうすれば、本当の娘が現れたら帝位継承権は戻りますよ……』


 この言葉に冒険者──メシア・イリラーンの暗殺を指示した。



 ※ ※ ※



(──だが今、目の前で起こっている事はなんだ……訳の分からないバケモノが現れ、部下を殺し、挙げ句の果てにはエミラの命令以外は聞く事はないと分かる……。私は何に信頼を置いていたのだ……?)


 このベルファが感じた不安と憤りの感情は行き場を失っていた。


 目の前の者達は、メシアという現第一皇女を助けようとしている。

 自分はそれをさせまいとエミラから預けてもらった魔符で、バケモノを出現させた挙句、仲間の騎士を殺されてしまった。


 そもそもなぜ自分はエミラが連れてきた娘を本物だと思ったのか……?

 

 銀髪? 魔力感覚? どちらもという域を出ていない。

 

 それは質問となって馬頭と言うバケモノに聞いた。

 

「──おい、バケモノ……お前が主人と言うエミラは何者だ……?」


 馬頭はその呼び捨てに怒りを感じていたが、堪えていた。

 

「それは我が答えるものではない。あと少しでエミラ様が来られるであろう。試しにその時にでも聞けばよかろう。貴様が生きていられればの話だがな」


 不気味に口角をあげて言った。


 アイル達は、馬頭の発した『あと少しでエミラ様が来られる』という言葉に焦りを感じていた。


 今、エミラに来られては圧倒的に不利であると。


 目の前の馬頭の力も分からないままでは対策を取ることができない。

  

「剣崎先輩、エミラが来ないうちにやりましょうか……」


「そうだな。もう時間がなさそうだ……」


 この言葉に反応するように、馬頭は行動を起こし、殺した騎士達の屍を影に取り込んだ。

 そして、再び現れたのは漆黒のスケルトン騎士達であった。


「じゃあワタシらはスケルトン騎士アイツらをどうにかすればいいね?」


「──ですね。アンデットには聖属性が効きますからね……」

 

「よし……やるとしようか……。小鳥遊! ユイ! ミア!」

 

「「「はい!」「ええ!」「任せな!」」」


 エミラが来るまでに終わらせるべく、最初から全力で向かう事となった。

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