第12話 襲撃

 月が柔らかい光を街中に降り注がせている。

 酒場には人々が集まっているだろう喧騒が聞こえるが、それ以外は静かなものだった。


 その静寂の中、月の明かりが微かに入り込む薄暗い宿屋2階の一室では、俺とユイ先輩は言葉を交わしていた。

 

 静かに───声を必死に殺しながら───


「……ねぇ……。哀流……君……」


「……何ですか……ユイ……先輩………」


「ねぇー……。哀流……くん……」


「……………」

「ねえーってばぁ」


……。それはぁ!?」


「ねえ! あ・い・るくん!!」


「だから! ! ー!! なんで下着しか着けてないんですかーーーー!!」


じゃない!」


 そうなのだ……。ユイ先輩は絶賛下着のみでダブルベットに腰を落としている。


 エミラとの対面のあと、あの張り詰めた気持ちを落ち着かせるように街を見て回った。

 そして、宿屋で食事と風呂を済ませると、部屋に戻りさっさと寝ようと思っていた。


 だが、ユイ先輩は部屋に戻るや否や服を脱ぎ捨てていた。

 それからベットに座るとこの状況となった訳で──


「本当ならんだけど……」

「ま、まぁそうですよね……。さすがにユイ先輩でも男の前で全裸は恥ずかし………?!」

「そうなのよねぇ〜……。ちゃんとブラ着けないと胸の形が崩れるのよね〜……」

 

 会話が噛み合わない


「…………はぁ……?」

「──え……?」


 沈黙が流れた…………


「恥ずかしいとかじゃないんですかぁ!?」

「……さすがに下半身は少し照れるわね……。まぁ脱げるけど」


 その返しに、俺は顔を抑えながら──脱げるんですか……下も……。と言った。


「哀流君知らないの? 地球でも全裸で寝る人いるけど、ブラとかしてないと形が崩れるのよぉ〜。男の人はどうか知らないけど……。まぁ下の方限定だけど……」


 両手で胸を持ち上げながら言っている……。

 もうなんと言っていいか分からない……。


 俺、裸で寝たことないし……下の方って……。

 そう思っていると、ユイ先輩は俺を誘った。


「一緒に寝ようよ……ねっ?」

「俺はソファーで寝ます」

 俺は言うと、ソファーに横になる体勢へと変えた。ユイ先輩は不服そうに頬を膨らませると意味深なことを言った。


「哀流君……そんなこと言うんだ……」

「……え?」

 ユイ先輩は大きく息を吸うととんでもないことを口にした。


「あーーーン! ダメよ……そんなに激しくしないでぇ〜……!」


「はぁあああぁ!????」 


 結構な声で、ベットの上で魚の様に跳ねながら言っていた。

 ベットは軋む音をあげ、それはさながら───の様に揺れている。


「何やってるんですかーーーー!?」

「一緒に寝ないって言うからぁ……なんとなくやってみました……」

「やめて下さい本当に……」

「じゃあ一緒に………」

「寝ないです……」

「……………」 

 沈黙したのちユイ先輩はまたしても大きく息を吸い始めた。


「分かりましたーーーー!! 一緒に寝ますー!!」

 もう……どうにかしてほしいこの先輩……。


 布団に入るなり後ろから抱きついてくる先輩……。

 当たってるとは言えない…………


(────でも当たってますよ!)

 と心の中で叫びました。


「ユイ先輩……近いです……」「そうね……引っ付いてるからね……」「離れませんか……?」「スキンシップは大切よ……」「………………」


 ────諦めた…………。

(よし! さっさと寝よう!)


 そう考えて、背中から意識を切り離そうとした時

 ユイ先輩が俺を力強く引き寄せると、さらに密着させた


「せ、先輩!!?」 

「横に跳ぶわ!!」


 その直後! さっきまで寝転がっていたベットが大きな衝撃を受け、真ん中から叩き折られていた。


「な、なんだよこれ……。何が起こったんだよ!」

 俺の驚愕の声に、ユイ先輩は申し訳なさそうに伝えて来た。


「────ごめん……哀流君……。エミラにバレてたみたい……」

「エミラってことは……これは────」

「ええ……。彼女の符魔法よ……」


 そう言うと、先輩の目線の先には、屋根を突き抜け入ってきた、3メートル程の赤黒い体躯を持つ、一ツ目のバケモノがいた。

 それは大きな棍棒を振り下ろした姿のままこちらギロリと睨んでいる。

 その大きな目には五芒星が刻まれ、不気味な赤を放っていた。


「あのバケモノはなんなんですか……?」

「あれは恐らく〈牛頭ごず〉だと思うわ……」

 改めて見てみるが、言われてきたような牛の頭ではなかった。どちらかと言うと、赤い鬼に近い感じだった。

 大きな目の上には一角が生え、内在した炎が見える。


「地球で言われているような、牛の頭じゃないんですね……」

「地獄の獄卒じゃなくて、符魔法の……だからなね」

 先輩は周囲を見回すと、シーツを外套のように羽織り言った。


「哀流君! ここから離れるよ。このままだと被害が広がるわ! この街から少し離れた所に荒野があったからそこまで移動するわよ!」

 

 俺は頷き、牛頭の入ってきた屋根から外へ出ると、屋根伝いに街の外を目指した……。

 走りながら先輩に聞いていた。


「ユイ先輩! シーツ、邪魔じゃないですか?」

「……仕方ないじゃない……、服着る余裕なんて、ないでしょ?」

「やっぱり、先輩も、下着のまま外に出るのは、恥ずかしかった、んですね? 安心、しましたよ……」

 

 そう言うと先輩は「──違うわよ! 少しでも防御能力上げないと!」と言った。


「……あんまり、変わらなく、ないですか?」

「ないよりマシよ! それに、聖魔法を付加すれば、そこら辺の、防具より強力になるわ! 一度纏わせれば、魔力消費しないし!」

「そ、そうですか……」


 会話が終わる頃、上空から黒い影が降ってきた。

 俺たちは避けながら進むが、家の屋根が次々と破壊されていく。

 

「──ユイ先輩! 少し急いだ方が、いいかもしれません! このままだと、街が、瓦礫の山になりかねないです!」

「そうね。急ごうか!」


 そう話を終えるとユイ先輩は「───【白流ハクル】」とひとこと言った。


 すると、俺と先輩の足元に光を放つ水が現れ包み込むと、急激に移動スピードが上がり屋根を流れるように進んだ。

 屋根と屋根のちょっとの空中くらいは、ジャンプせずに、そのまま進むことができていた。


「ユイ先輩これなんですか? 水、光ってるんですけど……」

「聖属性の聖白魔法の〈びゃく〉って言うのはて意味だからね! 要するに光の属性を含むのよ! でも、純粋な光属性魔法と比べればその効力は落ちるけど、それに青属性の水を融合させたらできたわ!」


 簡単に言う先輩……。

 融合魔法を使える者なんて殆どいない……。 


 ───やっぱりユイ先輩は凄いと思う。


 牛頭は被害を拡大させながらも、俺たちの後を着いて来ていた。


 ───そして、漸く荒野に降り立った。


 周囲は巨岩や荒れた大地が広がっていた。

 ここまで来れば〈ルディサ〉に被害が及ぶことはない。


「ユイ先輩……ここからが本番ですね……」

「そうね……。アイツ強いわよ……」


 そう言うと、目の前に巨躯の一つ目が地響きと共に降り立った。


「さぁて、やるかッ!」

「さぁて、やりましょうか!」


 俺とユイ先輩はシンクロ気味に言うと、戦闘態勢に入っている牛頭と対峙した。

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