第4話 メシア・イリラーン
漆黒の渦は次元を繋ぎ、地球からリスティラードへとその道が通じていた。
アイルが目覚めたのは、とある森の中だった。
緩やかな風、穏やかな光、懐かしい匂い───
「ここは、どこだろうな……」
懐かしい感じがするその場所は、周囲を緑に囲まれ
木漏れ日が射している。
先程まで戦闘状態にいた俺を優しく包み、風は顔をゆっくりと撫でいた。それには仄かに潮の香りが含まれ、海の近くであると感じた。
俺はゆっくりと体を起こすと、風が吹いてくる方向へと視線を向けた。少し遠目ではあるが街の影が見える。
「ひとまず、あの街に向かってみるか……。今があの戦いからどのくらいの時期なのか分かんねーし。確認しねーと……」
鬼頭先生は言っていた。『個々によって差が出る』と。先生がそうだった様に……。
俺は渦に入る前からあの時間軸に戻りたいと強く想っていた。その想いがどこまで戻りたい時間軸へと放り込んでくれるのか分からない。
だが、全く同じ時間軸に戻る事はないと思っている。同じ魂が同じ時間軸に存在する事はないからだ。だから確認する事は仲間と再会するための大事な要素なのだ。
俺はとりあえず馬車道へ出て目的の街へと歩き始めた。
その途中、行商人の馬車や交通手段である乗り合い馬車なども見かけた。
だが、そのどれも俺に奇異な目を向けていた。
その視線に気付き改めて自分の学生の服装を目にしていた。
「……ああ、そうか……。そう言えば学校帰りだったよな……。街に入る前に服装どうにかしないとな。だけど、どうするかなぁ……」
ひとり言を呟いていると、先ほど通り過ぎた行商の馬車から1人の商人が俺に向かって走ってきた。
「……はぁ、はぁ……。君! その見たことのない服はどういったものだ!?」
──あっ。服装解決したかも……。
結果を言えば、着ていた物全て(下着以外)買い取ってもらえた。その上でリスティラードのごく一般的な旅人の服をもらった。
これで当分の旅費になる程の金額が確保できた。
今思えば、商人に今はどの時期か聞けばよかったと思うが、商人の押しの強さに聞くタイミング逃した。
「まぁ、街に行けば分かるか……。武器も欲しいし」
本当に武器は欲しい……。
確かに魔力はある……あるが以前と同じようには使えない。
寧ろ地球の時よりも使い辛い。
「……やっぱり、その世界に一番適応する肉体の成長の違いだろなぁ……」
地球でもそうだった様に、その世界で生まれれば、その世界に適応した体が出来上がる。
俺で言えば地球に転生したことにより、地球の魔力に適した体という事になる。
つまり、今の俺はリスティラードに適した体ではないという事だ。
だけど、魂は半分こっちだから適応する事はできると思う。
どのくらい時間が掛かるか分からないけど……。
そんな事を考えている内に街の入口まで来ていた。
入口の上部には〈港街シーラ〉と記されていた。
──シーラ……。
俺が準魔王ゼディーと戦う際、最後に訪れた街だと記憶している。
ここから〈
「……そうか。ここはシーラか……。なんかあまり雰囲気は変わってないようだけど……」
強いていうなら魔災軍と戦っている最中とは思えないほど人々の顔には安心感とも言える表情が窺えた。
ハッキリ分からない以上断言はできないが、戦い中よりも幾分か落ち着いて見える。
街に入ると、一先ず俺はギルドへ向かった。
情報を得るには沢山の冒険者が集まる場所となる。そこには、懐かしく見覚えのある光景が広がっていた。
色んな冒険者が、様々な内容で貼り出された依頼に目を向け、吟味し、その技量に応じた依頼を探していた。
俺は周囲に目を向けながら歩みを進めると、貼り出されている依頼の日付を確認した。
その日付は俺と仲間たちがゼディーと戦った時から1年経過した日付だった。つまり、俺が死んでから1年という事になる。
当時の俺は16歳。今の俺も16歳……。
つまり、当時の仲間と幼馴染との間には1年の空白期間が存在する事になる。
(1年かぁ……。あいつらどうしてるかな……。それに魔災軍との戦いはどうなったんだ? まだ色々調べる必要があるな……)
そんな事を考えながら、情報収集をする事にした。
その事に関して一番詳しいであろうギルドの受付の女性に聞いてみた。
「……今、魔災軍はどこまで進軍してるか分かりますか? 俺、魔物との戦いの後遺症で記憶が曖昧だから、教えて欲しいんだけど……」
受付の女性は訝しげな表情を見せながらも説明してくれた。
「現在は魔王クラスの者たちは現れていませんね。1年前の大規模な大戦で、複数の騎士団や色んな冒険者たちが強大な力を持つ準魔王を消したみたいで……それに続く様に、他の魔族や魔物たちからは人間側への干渉が減ってますし……」
この話に出てきた準魔王とは恐らくゼディーのことだ。
アイツの魔力はずば抜けていた……。その影響で以前と比べて魔族たちの行動は大人しくなっている。
「じゃあ、今は一旦ある程度落ち着いた状況にあるって事ですか?」
「そうですね……。でも、脅威が過ぎた訳ではないです。干渉が減ってるというだけで、なくなった訳ではないですから……。相変わらず各地では魔族や魔物たちは何かと行動を起こしてますね」
そこまで聞くと、俺は別の質問をしようとした──が、それより先に女性がひとり言を口にしていた。
「う〜ん……。なんか数日前にも同じことを聞かれた様な気がするんだけど……」
──訝しげな表情をしたのはそのせいか……。
それに『同じこと』と言うフレーズは気にはなるが、それよりも仲間のことが気になりそちらを優先した。
「もう一つ聞きたいことがあるんですけど、その戦いで
その質問に女性は口元に手を当て、自らの記憶を辿る様に思い出そうとしているのが分かった。
そして思い出したとばかりに声を上げて答えてくれた。
「彼らのことね……。行きは6人だったのに戻ってきた時には5人に減ってて……」
(……そうか、俺以外は無事だったんだな……。よかった)
その言葉に安堵したが、次の女性の言葉に胸を掴まれる感覚が湧いた。
「でも、皆んな憔悴しきってて……一番ひどかったのは黒っぽい髪をしてた女の子ね……」
(──ルティアだ……)
「……あの
────ルティアに会わないといけない。あいつらと会わないといけない。会って謝らねーと……。
「──その冒険者たちの居場所とかは分かりますか? 詳しくなくても、大体の居場所とか……」
「そうねぇ……。冒険者だからどこにいるかは分からないわね……」
その答えに、──まぁ当たり前か……。冒険者たちは基本的に自由だ……。その自由に魅力を感じ、冒険者という道を選ぶ者もいる。その為、住んでいたところはあっても、継続的にそこに住み続けるかは本人次第だ……。
でも、幼馴染のルティアは俺たちが育った街〈フェザーイ〉に戻っている可能性がある。
だけど、女性から聞いたルティアの状態からすると確証はない。
(情報を集めながら、あいつらの住んでいた街とかを探すしかない……か)
そう考えながらも、胸の違和感は消えることはない。きっとあいつらに謝らねーと消えないだろう。自分を落ち着かせると女性にお礼を言いその場を去ろうとした──。
「あっ! でも1人なら分かるわよ」
女性の返事に俺は『分かる』と言われた人物の特徴を聞いていた。
「その女の子は綺麗な長い銀髪が特徴的だったわね」
その特徴を聞いた俺は1人の少女を思い浮かべていた。
俺の仲間の最年少の12歳。
あの戦いの時『もっと一緒に居たかった』と言ってくれていた──メシア・イリラーン。
「その女の子のこと教えてくれませんか!」
口早にそう言うと、女性は少し驚いていたが答えてくれた。
「教えてくれも何も、あなた知らないの? 今はこのメルガルラ帝国首都〈光帝都ライテルーザ〉の第一皇女なのよ」
女性の言葉に俺はそれ以上に驚いた。
「──な!?」
女性の答えに考えが追いつかない。
──メシアが第一皇女!? 一体どういうことだ? そう思うと女性にさらに質問した。
「どういう事ですか!? メシアは冒険者であって貴族じゃないですよね!?」
俺の言葉に眉を
「……そんな名前だった事を思い出してしまって。確か貴族でもなかったと思って……」
──言い訳が苦しい。とは思いながらも、話の続きを聞いた。
「そ、それで何で冒険者が皇族になってるんですか? 皇族はその血縁で継承していきますよね?」
怪しい者を見る目はあまり変わらないが、質問の方に意識がいったみたいで、答えてくれた。
「……1年前の大戦で準魔王を消して、魔災軍の侵攻を鎮静化させた褒章として、身元の引き受けがなかった同じ髪色をしたメシア様を現女帝ミリーザ・ライテルーザ様が皇女として引き取られたのよ。ミリーザ様とその皇配であるテアル様との間に子供がいなかったから」
「それにしても血縁でもない者を引き取るなんて……引き取られる方の立場が……」
俺の言葉に女性も同意した様に言ってきた。
「そうなのよねぇ……。引き取られたメシア様はなかなか難しい立場にあるって聞いたことがあるわ」
それはそうだとろう……。血縁でもない者をいくら功績があるからと皇族に迎えるなんて周りが良しとする筈がない。
ただでさえ、権力争いなんて無駄に起こる。
地球でもそうだった。
どこかの領地を奪うために戦争を起こしたり、自分の立場をよくする為に他人を貶める。その上、このリスティラードだ。
生ぬるい権力争いな訳がない。
更に言えばメシアは孤児院育ちだと聞いている。
生まれてすぐの事で記憶はないみたいだが、海を挟んだ隣国──グリート王国の森の中に落とされていて拾われたらしい。
それを孤児院を管理していたシスターから聞いていたという。
メシアは魔法適性が極めて高く、膨大な魔力を保有している。孤児院ではそれを生かし生活の手助けをしていたと言っていた。
だが、その周辺を魔族たちが蹂躙した。
孤児院は無くなり、魔法適性が高かったメシアだけが生き残った。そこに救援に行った冒険者に連れられ首都である〈グリック〉に来た。
そして俺たちと出会い冒険者として一緒に行動することになった。
(……もし、メシアが孤児だと知られたら立場は更に酷くなる。もしかしたら、それを掴んでいる者たちもいるかもしれない。そんな事になったら立場どころか命が危うくなる)
その考えを読んでいたかのように女性は、周囲を見ながら小声で耳打ちしてきた。
「最近ギルド内の噂で、どうやらメシア様は命を狙われてるみたいなの……。黒のローブを着た集団たちに……」
その言葉に咄嗟に大声が出てしまいそうだったが、何とか抑え同じ音量で聞いた。
「それはどういう事ですか!? 誰に命を狙われているんですか?」
──そこまでは分からないけど……。と言いつつ怪しい集団の話をしてくれた。
「何でも、ライテルーザの冒険者が夜な夜な人目を盗んで少し離れた場所の廃墟に足を運んでるみたいなのよ。そこには、複数の黒のローブを着た者たちがいるみたいで……。ただの冒険者が何の理由もなく皇女の命を狙う集団と接する訳ないと思うから、バックには恐らく貴族がいるんじゃないかと思うわ」
「そこまで分かってるんなら、ギルドは討伐隊とかを組まないんですか?」
「もちろん、組んだわよ。上の命令で……。でも廃墟に乗り込んだらもぬけの殻だったのよ。ちゃんと集団がいることを確認して行ったにも関わらずよ」
どうも話を聞く限り黒幕には貴族がいるみたいだ。それも中級・下級貴族なんかではなく上級貴族以上。しかも、その仲間、あるいは集団の中に姿を瞬時に移動させることができる者がいる。
恐らく魔法士の中でもかなり腕の立つ者が。
(それだけの者を使える貴族……。これは皇族の関係者の可能性が高いな。これは少し急いだほうがいいかも知れない……)
考えをまとめると色々説明してくれた女性にお礼を言うとギルドを後にした。
(確か、シーラから首都であるライテルーザまでは乗り合い馬車で、3つ町を経由して3日程度かかるな。さっさと準備を済ませて向かうか……最初は武器だな)
そう思い、武器屋を訪れようとした時、俺を呼ぶ声が聞こえてきた。
「哀流くーん!」
その声に振り向くと、目の前には────
「速屋先輩!!!? 何で!?」
俺は目の前に居る速屋先輩に、驚愕の表情を向けると速屋先輩は不機嫌そうに頬を膨らませ、目を細めると、顔を近づけ言ってきた。
「『
その返事に俺は──確かに言ってましたけど、こっちに来るの早くないですか!? と言うと、こんなに早く来る事になった理由を説明してくれる事となった。
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