第1話 世界は次元を上げようと転生させる

 「待たせて悪い!」


 思った通りドアを開けた先には冬夏銀夜がいた。

 茶色の短髪に左耳にはピアスを開け、赤の鞄を斜めに掛けた見慣れた姿で……。


 俺を確認すると、目を細め──オッセーぞ!! とひと言だけ言うと、歩き始めていた。

 それを追う様に足早に横に並ぶと、ようやく歩調を合わせた俺に今日のテストの話を始めた。


「なぁ、哀流はどのくらい勉強した? オレは昨日バイトから帰って0時くらいまでの2時間くらいしかしてねーよ……」

「俺も似た様なもんだよ。俺はバイトがなくてそのくらいだぜ……。でも、銀夜は学年10位以内に入ってるじゃねーか……毎回……」

「そーだっけ?」

「お前、そういうの気にしねーんだよなぁ……なのに頭が良いってのに腹が立つ」

 そう! こいつは頭が良い。


 スポーツもある程度できる上に教師からの信頼も厚い。何てったって高1でありながら、副生徒会長をやっている。その上、同級生、先輩問わず女子からの人気も高い。

 すげーよ……。

 

「哀流こそバイトがなかったのに何でそれだけしかしてねーんだよ」

「頭使うより、体を動かす方が好きだからな。ランニングやら筋トレやらをやってからの集中力強化だよ……。それで少し寝ようと転んで目が覚めたら夜中だった……」

「それさぁ、本末転倒だよ……意味なくね? その上寝坊だぜ? どう考えてもお前に合わないやり方だよな……」

「返す言葉がねーよ……。だからだよな、下から数えた方が早いのは……」

「まぁ、でも哀流はさぁ、スポーツは大得意じゃねーか。俺も我ながら得意な方だと思うけど、俺以上だぜ。特に空手、剣道、陸上とかさ。以前助っ人で参加した時凄かったもんなぁ……」

「それ以来、大変なんだよ……。その3つの部活の主将や部長やらから、ほぼ毎日の様に入部の誘いが来るんだよ……。今日からテスト期間だからその間は大丈夫だとは思うけどさ……」

 俺の言葉を聞いた銀夜は、考えたくもない言葉を返してきた。

 

「なぁ哀流……。今何か立たなかったか?」

「何が立つんだよ……?」

「ほらさぁ。マンガや小説とかでさぁ、あるだろ? この後に起こる出来事を匂わせる……」

 

 

「あぁ──フラグかぁ……」

 自分でもその言葉を言ってしまった……。

 

 

 ※ ※ ※

 

 

小鳥遊たかなしーーーーーーーー!!!」

 そう大声で、教室前方のドアを勢いよく開け入ってきたのは、坊主姿の身長は2メートル近くある全身筋肉の3年、空手部主将【五里島雄一郎ごりしまゆういちろう】先輩だった。

 

 ちょうど、午前中に行われるテストが終わった直後で、俺が帰る準備をする暇もなく、現れた。

 先輩はそのままの勢いで、席に近づくと、いつもの勧誘が始まってしまった。

 

「これが入部届だ! 一筆書くだけで同じ仲間になる!! ペンも持ってきたぞ!!!」

「いやいや……。俺、入部するなんて言ってないですよね……?」

「お前の心の声で『ぜひ! 入らせてください!』と言っていたぞ! 俺はそれに応えるために階段をも飛び越えてきたんだ!」

「その心の声はやばいでしょ!? 毎回毎回、勧誘が激しくなってきてますよ! それにそれは明らかに妄想ですよね!?」

「何を言っている! 俺たちは心で繋がってるじゃないか! 現に! お前の覚悟を決めたようなその短髪! それは俺と空手をやりたいと訴えている!」

「繋がってないですし! 俺、坊主じゃないですよね!?」


 俺は先輩の言葉に応酬していたが、いい加減疲れてきた。

 早く終わらせようと──俺帰るので! と言おうとした時、またややこしい人が俺の席に近い後ろ側のドアから入って来た。


「小鳥遊君!! 今日の部活動だが、筋トレから始めるぞーー!」

 今度入って来たのは、竹刀を携え、短髪黒髪で五里島先輩に比べると少し小さめ、俺と同じくらいの175センチ程の剣道部主将【剣崎傑けんざきすぐる】先輩で、同じく3年生だ。

 

「いつもの様にもなにも、俺は部活動に参加したことないですよ! そりゃあ、数合わせの大会には行きましたけど、それだけじゃないですか!」

「その君の参加した大会で僕たちは優勝したんだぞ! これはまた一緒にやりたいという気持ちの表れだろう! それを汲み取って入部届に名前を書いた! 僕が!!」

「いやいや!! それダメでしょ! 偽造じゃないですか!?」

 そんなことを言い合っていると、放置されている五里島先輩が剣崎先輩に怒鳴り声を上げ、口を挟んできた。

 

「剣崎ィィィィィ!! 貴様! 小鳥遊はもううちの部への入部が決まっている! お前のその偽造は破棄だ!!」

「……五里島。お前こそやりたくもない部活へと引き込もうとしてるじゃないか! 僕のは小鳥遊君の熱い思いがあったからこそ! 団体戦優勝を勝ち取ったのだぞ!」

「それを言うなら! 空手の大会でも優勝している! 熱い思いと言うのであればこちらも負けんぞ!」

「あの、先輩方……。俺どっちにも入るつもりないので……」

 と言いかけたが──。


「これは俺たちの問題だ!」

「これは僕たちの問題だ!」

 同時に言葉が返って来た。


 ──これ、俺の問題だよね?

 と思いつつ、隣の席の銀夜に目をやると面白そうに眺めている。どうにかしてくれと目線だけを送るが、ただ見ている……。


 ──なんて奴だ……。

 副生徒会長だよね!? 

 そうこうしていると、同じ後ろの扉からまたしても先輩が入って来た。


 モデルのような体型で、黒みを帯びた茶髪をポニーテールにしている女性。

 今度は陸上部部長の【速屋結衣そくやゆい】先輩だ。

 

「ちょっと! 五里島主将! 剣崎主将! 哀流君に迷惑かけちゃダメですよ! 困ったるじゃないですか!」

 

 そう言うと、俺の腕を胸に抱くように持ち、引っ張っていた。腕に当たる膨らみは恐らくDカップは有るだろうと想像がついた。

 俺がその膨らみに気を取られていると、注意を受けた2人の先輩は速屋先輩に反論した。

 

「速屋!! お前のその腕はなんだ! その肉の塊を小鳥遊に押し付け誘惑するとは!」

「そうだ! 速屋君。君は自分の体に自信を持つのは構わないが、それを利用して小鳥遊君を誘うんじゃない!」

「別に誘惑なんかしてないし、自分の体に自信を持っている訳でもないわよ! ただ! 哀流君は私の……じゃなくてこの陸上部に入部が決まっているからよ!! だから哀流君は私と同じ髪色にしたのよ!」

「えっと……。速屋先輩? 俺、いつ入るって言いました!? 言ってないですよね!? それにこれは地毛ですから!」

「何言ってるのよ〜。この間、お互いあんなに汗をかいて興奮して絶頂を迎えたじゃない? もう忘れたの? またあの時のように激しくいきましょう? 髪の毛の色なんて些細なことよ」

 

 速屋先輩は頬を赤らめながら、俺の腕をさらに強く胸に押し付け、誤解を招く言い方をした。

 2人の先輩も銀夜も、教室に残っている生徒の大半が俺に視線を集めていた。


「変な言い方やめてください!! それ! この前の陸上の大会で必死に走って! バトンを繋いで! 優勝して興奮しただけじゃないですか!?」

「だからそう言ってるじゃない?」

「全然そう聞こえないですよ!」


 周囲はその答えに興味を失い、またそれぞれの会話に戻った。五里島先輩と剣崎先輩、2人に至っても速屋先輩への文句を再開させようとしていた。


 だが、五里島先輩が入ってきた前のドアから、大声と同時に先輩以上の身長と、筋肉の鎧を纏った教師【鬼頭神刃きとうしんじん】先生が入ってきた。

 

「ごおぉぉぉぉりしまーーーーーーーー!! このドアを壊したのはお前だなぁぁぁぁ!! 手形が残ってるぞーーーー! こっちに来て直せーー!」

 そう怒鳴られた先輩は、──しまった! 手加減を間違えた!! 証拠を残してしまった!


「貴様ーーーー! 反省せんのかぁぁぁぁ!!」

 そのやりとりが終わる頃には、五里島先輩は先生にドアまで引っ張られていた。剣崎先輩と速屋先輩はシンクロ気味にひと言──

 

「筋肉バカが……」

「筋肉バカね……」


 ちょうどその時、速屋先輩の力が緩み、ここぞとばかりに距離をとった。

 そして銀夜の腕を掴み、──俺! 急ぐんで!! と言いその場から逃げた。


 まぁ、急いでないんだけど……。

 その俺の背に、呼び声と叫び声のようなものが聞こえたが、振り向かずに走り切った。


※ ※ ※


 哀流が去った後、剣崎傑と速屋結衣は互いに聞こえる程度に言葉を交わしていた。


「行ってしまったじゃない……」

「それは君が悪いんだろ? 無用に引っ付くからだ……」

「そういうあなたも強引な勧誘してたじゃない」

「仕方なかろう……。なるべくすぐ、目の届く範囲に置いておこうと考えた結果だ。それを言うのであれば、君も同じだろ?」

「まぁ、そうねぇ……。哀流君はまだ覚醒してないと思うから、もしものことがあったら対応できず命を落としてしまいかねないし……。最近は特に次元の揺らぎが激しいから危険だわ」

「そうだな。この世界において、あれ程の豊富な魔力を持っているのだから、先ず真っ先に狙われるだろうな……。今朝はさらに膨れ上がっていた。五里島もそれを気にしてるのだろう……」

「で、哀流君は異世界リスティラードの存在でいいのよね?」

「あぁ。それは間違いないだろう。あの時の戦いで、別の場所に同じ魔力を感じたからな……。それに……」


 そう言い、口元に手を当て何かを考え込んでいた。 

 その姿と口をつぐんだ状態を見た速屋は、──何か気になることでもあるの? そう尋ねた。

 それに対し、剣崎は神妙な面持ちで口を開いた。


「あの時、確かに哀流の爆発的魔力を感じた。それと同時に一気に消滅をしたことも感じた。あれは恐らく上位の空間魔法だろう。あれだけの魔力を放出すれば、それを受けた相手も消滅するだろう。現に、あの場にいた恐らく準魔王クラスの奴の魔法を掻き消し、さらには、その存在もだからな……」

 

 その言葉に、速屋は思いつき得る最悪の事態を想像した。本来なら消えるはずであった哀流の魂が何故かこの世界に転生し、また人として生きているという事を……。

 

 もし、それを受けた準魔王も消滅する事なく哀流と同じ状態でいたとしたら────……。

 その疑問に答えを求めるように、速屋は口を開いていた。


「もしかして、準魔王もこちら側に来る可能性がある……!?」

「まったくもっていい話ではないが、極めてその可能性は高い……。いつ来るかは分からないが、前触れはある……」

「本当に前触れはあるの? もしかしたら、私たちが気づかないうちに来る可能性もあるんじゃないの?」 

「いや。必ずある」

「何でそんなこと断言できるのよ?」

 

 そう聞かれた剣崎は、この地球という母星とリスティラードの違いを話し始めた。

 

「よく聞け、速屋……。この地球という星には、ほぼ扱うことができない人間が多い。それはなぜか分かるか?」 

 剣崎の問いに速屋は口元に手を当て考え込み、気付いたように答えを出した。

 

「この地球せかいの人間に魔力を扱う精神的・肉体的回路がない……?」

 

「その通りだ……。この地球せかいは実質3次元までしか存在しない。だから、それ以上の世界に対する理解が難しい。例えばだ、とある密室に閉じ込められたとするとしよう、僕たちなら、魔力を使い魔法を発動することで少しの距離であれば、地球ここでなら扉を開けず、壁も壊さず中から出ることが可能だ。だが、魔力を使う回路がなく、使い方がわからなければ、扉を開けず・壁も壊さず出るのは無理だろう? やり方、使い方を知らないからな……。だが、僕たちが生まれ、育ったリスティラードは5次元以上の世界だ。だから、魔力と魔法の使い方を知っている。魔力の使い方を知るのは4次元以上だからな……。これは次元の話になる。4次元で魔力の存在を理解し、魔法を使える回路の準備をする。だが安定はしない。だから4次元空間という歪んだ空間が生まれる。そして、5次元以上で安定のさせ方を理解する。まぁ、たまに暴走はするがな……。それほどに魔力操作は難しい……」

 

 この長い話を聞いていた速屋は、再び疑問を口にした。

 

「その話と、前触れとどういう関係があるの? 魔力の話はそうだけど、それとこれとはどう関係あるの?」

 大きなため息を吐きつつ、剣崎は仕方がないといった感じで速屋に教えることにした。

 速屋は、──勉強不足で悪かったわね……。などと言い、話の続きを求めた。


「いいか。リスティラードで死んだ僕たちの魂が消滅せず、なぜこの地球せかいに転生したのだと思う? しかも、ご丁寧に記憶を持ったまま……」

「なぜって言われても……。運が良かったとか?」

 

2度目のため息を吐き剣崎は答えた。

 

「そんなわけないだろ……。この地球せかいが喚んだんだよ。自分が5次元になるために、そのきっかけになる者たちを……」

「じゃあ私たちを喚んだのは地球ってこと!?」

 驚きを隠せないと目を見開き大声で言ってしまった。

 周囲の生徒たちはその声に驚き一気に注目を浴びた。その中でも、前扉を修理している五里島は、意に介さず黙々と修理を行なっていた。

 速屋は口に手を当て今度は小声で聞いた。

 

「……じゃあ、地球は意思を持ち選別して喚んだってこと?」 

「いや……。選別はしてはないだろう。恐らく魔力の高い者の中からランダムだろうな……。その中に俺たちがいただけだよ。だが、よく思い出してくれ速屋結衣……いや、リスティラードのユイ・サンクトゥリア」


 その名前を呼ばれたユイは、真剣な目をし、剣崎を見て自分もというように剣崎に向かって声を出した。

 

「それが何なの? スタル・ディサルーク?」

「ユイ。僕たちは向こうで共に戦うメンバーだったな……?」

「それが何?」

「ユロイ・リマージ……五里島も一緒だっただろう? 呼ばれたのはその時の、あの場所に居て、共に死んだ者の中から、ランダムで魔力の高い者たちだということだ。あの中で、魔力がずば抜けて高かった者は?」

「──!?」

 ユイはまたしても目を見開き今度は声を抑えて口を開いた。

 

「……膨大な魔力で空間魔法行使した……哀流君と、強大な闇の魔法を使った準魔王……2人は共に消えた……」

「ああ。そして哀流はこっちに居る……。あの場で死んだ者たちは、知り得る限りこの地球に来ているということになる」

「だからと言って、準魔王もこっちに来るとは言えないんじゃあ……」

「例外はないだろ……。間違いなく来るはずだ。この地球が5次元に上がる為には大きな魔力を持ち、次元に影響を及ぼす存在が必要だ……。次元が揺らぐという事は空間が震える……つまり、空振動が起こる。しかも、尋常じゃない規模の──」

 

 そう続けようとした時、大きな揺れと共に学校中の窓ガラスが割れ落ち、周囲の生徒たちは悲鳴を上げつつも柱にしがみついたり、頭を隠すなどの自己防衛に徹していた。


 スタルとユイは身を構えると、状況を把握する為に探索魔法を使った。

 大きな揺れが数分続く中、ユロイは生徒たちに「すぐにここから表に逃げろ!!」と大声を出していた。教師の鬼頭は「俺に続け!!」と言い、生徒を扇動し表に急いで向かった。


 次の瞬間には教室の次元が歪み、複数の黒を帯びた空間穴ホリペスが開き、リスティラードで見覚えのある魔物が現れたのだ。

 それを確認した3人は身構えると──


「スタル! ユイ! 来るぞーーーー!!」

「ああ!!」

「分かってるわ!」


 五里島──ユロイの掛け声と共に戦闘態勢に入ったのだった。


 


 

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