不倶戴天

不倶戴天

　私の正体を知ったとき、彼女はどのような表情を浮かべるだろうか。

　少なくとも、良い種類のものではないだろう。

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　彼女が私のことを憶えていなかったとしても、不思議なことではない。

　何故なら、彼女が目を向けていた人間は、私の父親だけだったからだ。

　彼女は相手に家族が存在するということを知りながらも関係を持ち、心から愛していたが、私の父親が別れ話を切り出した途端、態度を変化させた。

　私の父親が家族を裏切り、成熟していない女性と関係を持っていたということを職場や近所の人間に吹聴しては、自身は関係を望んでいなかったという虚言を吐いたのである。

　父親が家族を裏切っていたことは事実だが、そもそも彼女が近付いてきたことが始まりだったということは、父親から聞いていた。

　だが、事情を知らない人々は、涙を流しながら言葉を吐く彼女に同情し、その内容を信じてしまった。

　ゆえに、父親は多くの人間から非難された。

　父親の情報は瞬く間に他の土地へも広がっていったために、引き越したとしても、その非難が止まることはなかった。

　それでも、父親は私や母親を養うために、働き続けた。

　家族のために其処までの行為に及ぶことができるのならば、何故裏切ったのかと問いたかったが、養ってもらっているために、針の筵に座っている父親に追い打ちをかけるような真似をすることはできなかった。

　しかし、私が責めなくとも、世間が口を閉ざすことはない。

　やがて父親は、正義に燃える人間たちによって襲撃され、その生命活動を終了させることとなってしまった。

　そのために、矛先が私や母親に向くこととなった。

　私や母親に罪は存在していないというにも関わらず、まるで同罪だといわんばかりに責められる日々は、苦痛以外の何物でもなかった。

　結局、母親はそのことに耐えることができず、父親の跡を追った。

　だが、私が屈することはなかった。

　私と父親は別の人間であるということを証明し、汚名を雪ぐことこそが、世間に対する報復だと考えたからである。

　石を投げられようとも前を向き、勉強に励んだ結果、私はそれなりの地位を得ることができた。

　今では私の父親について触れる人間が皆無と化したために、私の報復はうまくいっているといえよう。

　その最中、私は彼女と再会した。

　彼女は私を物にすれば良い人生を送ることができると考えているのだろう、まるで運命の相手だというように、甘い言葉を吐き続けている。

　その態度には腸が煮えくり返る思いだったが、私は我慢した。

　私の家族を奪った彼女には、相応の苦痛を与えなければ、気が済まなかったからである。

＊＊＊

　目覚めた彼女は、手足が拘束されていることに困惑した。

　眼前に私が立っていることに気が付くと、引きつった笑みを浮かべながら、何の目的かと問うてきた。

　私はそれに答えず、背後の扉を開けると、控えていた男性たちに声をかけた。

　やがて姿を現した男性たちの姿を見て、彼女は言葉を失った。

　仮面を装着した下着姿の男性たちが一様に荒い呼吸を繰り返していれば、そのような反応にもなるだろう。

　私は彼女の拘束を解きながら、

「それなりの地位を得た人間ほど、醜い欲望を抱いているものだ。きみを好きなように扱っても良いと告げると、見返りを求めていないにも関わらず、彼らは多額の金銭を渡してくれたのだ。ゆえに、その金銭を使って、私は限られた人間のみが使うことができるこの建物を購入した。この建物において、きみは物言わぬ家具に等しい存在である。これから受ける仕打ちを愉しむことができれば苦痛だと感ずることもないだろうが、おそらくそれは無理だろう」

　男性たちは、それぞれ刃物や鈍器を手にしている。

　それらをどのように使うのか、悪人ではない私には想像することもできない。

　私の言葉に対して、彼女は涙を流しながら救いを求めたが、私は首を横に振った。

　そして、彼女の髪の毛を掴みながら、

「私は、きみがこのような行為を望んでいると聞いていたために、その願いを叶えようとしただけである。かつてきみが望んでいない男性と関係を持ったことに比べれば、これからの行為は愉しみなのではないか」

　私がそのように告げると、彼女は目を見開いた。

　どうやら私の正体に気が付いた様子だが、手遅れである。

　私は男性たちに頷くと、部屋を後にした。

　悲鳴が聞こえてきたが、私や私の両親にしてみれば、それは美しい歌声のようだった。