第9話 走って

「ーー実っ、調子はどう!?……あ、お久しぶりです。千夏さん、結ちゃん」


 最速で仕事を終わらせて電車に乗って、私は駅から病院まで走っていた。早く実に会いたくて。


「!六花!私は元気だよ!って汗だくじゃん!拭いてあげるからこっちおいでよ!ほら、お水もあげる!」


 点滴の刺さった実の手が伸びてくる。

 あぁ、実がちょっと元気になってる。泣きそうだ。


「……もう、なんで泣きそうなのよ」

「……嬉しくて。ずっと実苦しそうだったから」

「六花は心配性だなぁ」

「……当たり前じゃない。夫婦なんだから」


 すっと頬に触れる手に微笑むと実も微笑んだ。


「……ラブラブだねぇ、お姉ちゃん」

「ふふ。でしょ?新婚の結にも負けてないんだから」

「こっちもラブラブだよ。ね、千夏?」


 私は千夏さんと結ちゃんがいたことを思い出し、顔を赤くする。


「結、私喉渇いちゃった。ジュース買いに行かない?」

「行く行く!お姉ちゃんと六花さんにも買ってくるよ。何がいい?」

「そうだなぁ。私はりんごジュース飲みたい。六花は?」

「私はブラックのコーヒーを。これで買ってください」

「お金は大丈夫ですよ!」


 千夏さんに千円を渡そうとしたら断られてしまった。

 じゃあとふたりは病室を出ていく。


「……千夏さん、気を利かせてくれたね。ねぇ、六花。今ふたりきりだよ。キスして?」

「……私もキスしたいなって思ってた」


 私は実と唇を重ねる。

 温かい。ちゃんと生きている。


「……あのね、実。昨日つかささんから連絡があって、実がいない間泊まりに来ないかって言われたの」

「六花はなんて返事したの?」

「実に相談してから返事するって答えたよ」

「いっておいでよ。六花ひとり苦手じゃん。寂しがり屋さんなんだし」

「いいの?」

「いいよ」

「うん。じゃあつかささんに返事するね」

「うん。でも、その前にもう一回キスしよ?」

「……帰って来ちゃうよ?」

「大丈夫だよ。だから、早く」


 噛みつくようにキスをされる。


「……できるだけ早く帰ってきてね、実。私が寂しくて死んじゃう前に」


 ☆


「いらっしゃい」

「お招きありがとうございます」

「……こ、こんばんは」

「こんばんは。あなたが夕貴ちゃんね?私は白雪六花です。今日からお世話になります」


 しゃがんで目線を合わせたら、夕貴ちゃんは小さく頷いてくれた。


「美南さんは?」

「ケーキを買いに行ったよ。六花に食べさせたいんだって」

「そんなに気をつかわなくていいのに」

「私もはりきって料理を作ったよ」

「つかささんまで?」

「あぁ。六花が来るの楽しみにしてたんだ」


 ポンポンと私の頭をつかささんが撫でる。


「ーー少しの間よろしく、六花」


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