第7話 入院
「………暦のバカ」
あたしは電話を切り、スマホを放り投げた。
「まぁ、いいけどね。あんな女に負けたりしないんだから」
そう。あたしはずっと前から暦のことが好きだ。
初めて暦に会ったとき、あたしは恋に落ちた。
じゃあ、なぜ彼女の恋を終わらせなかったのか。それは彼女のことが本気で好きだからだ。矛盾するかもしれないが、中途半端に恋を諦めて欲しくない。“奪ってでも欲しい”というのはあたしの正直な気持ちなのだけれども。
自分を磨く努力はしてきたつもりだ。
あとは暦にあたしを選んでもらうだけ。
「さ、お風呂入ろうっと」
湯船に浸かることはとても大事だ。
冷えは美容にも健康にも良くない。
でも、本当は少し怖い。
気持ちを知られてしまったら一緒にいられなくなるかもしれない。
けれど、諦めたくない。
ずっとそばにいたい。
お互いの大切な人になりたい。
だからあたしは自分を磨いていく。
“あたしが好きなあたし”でいるためにーー。
☆
「ごめんね、実。私、何も出来なくて……」
「謝らないでよ、六花。私は大丈夫だからさ!」
実が無理して笑っているのは明白だった。
明日無理矢理にでも病院に連れて行こうと心に決める。
実は立ち上がり、またトイレへと走る。
そう。
実の体調不良はいわゆる悪阻だった。
実を追いかけてその背をさする。
「……後悔とか、しないでね……?私、六花とのこどもができて嬉しいんだから」
「私も嬉しいよ?でも、苦しむ実を見るのが辛いよ」
ぎゅっと私は実を抱きしめる。骨が少し浮いていた。
☆
「…………だいぶ酷いですね。入院、しましょうか」
「先生、大袈裟ですよ。悪阻で入院だなんて」
「大袈裟じゃないですよ、白雪さん。あなたは妊娠悪阻という病気なんです。このままではあなたも赤ちゃんも死んでしまいます」
「私が、病気……?」
「はい。尿にケトン体も出ていますしね。水分すら取れていないようなので、点滴をしましょう。その間、何が大切かを考えてみてください」
「あ、あの!私も一緒にいていいですか?」
「もちろん良いですよ。一緒にいてあげてください」
「じゃあ、あたしの腕に捕まってください」
「ありがとう、美南さん」
「いえいえ。一緒に頑張りましょうね。実ちゃん、六花ちゃん!」
☆
「……六花さ、私がいないとダメじゃんね。寂しがって、すぐ泣いちゃう」
「……ちょっとの間なら我慢するよ。実が死んじゃうほうがもっと嫌だよ」
私の涙腺は弱くて、涙がボロボロと溢れ出す。
「もー、泣かないの」
弱々しい手がポンポンと私の頭を撫でる。
「毎日お見舞いに来たらいいんですよ、六花ちゃん。家でひとりでいるよりは、入院したほうが絶対安心ですしね」
美南さんが私たちをなだめてくれる。
力強い言葉に私はようやく頷いた。
「……毎日会いに来るから入院しよう、実。……寂しいのは私も実も一緒だよ。実の仕事は休むこと、だよ」
「……本当に毎日来てくれる……?」
「来るよ、絶対。実以上に大切なものはないんだから。だからね、安心していいよ」
「……なら、頑張る」
「ん。良い子だね、実」
点滴の合間にぽつりぽつりと私たちは言葉を交わす。
病院に来て少し落ち着いたのか、実は眠りに落ちていった。
「……入院準備してきます」
「行ってらっしゃい」
私のことを優しく美南さんが見送ってくれていた。
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