第4話 新しい家族

 お弁当を食べた後の授業は眠たい。結ちゃんの心地良い声に私の瞼は重くなる。私は英語は苦手だから尚更だ。


「暦、暦……彼方先生が見てるよ?」


 後ろの席の友達ーー樹姫ききが私の背中をつつく。

 ヤバイと私は慌てて顔をあげた。


(やっぱり結ちゃん、かわいいなぁ。好きだなぁ)


 しみじみと自分の気持ちを噛みしめる。

 話をしたいな。会えなかった時間を埋めたい。

 結ちゃんも立場があるから限度はあるけど、仲良くしたい。

 部活の前に質問にでも行こうかな。うん。そうしよう。

 そう考えると眠気は吹き飛んだ。


 ☆


「暦、今日部活休むって部長に伝えて」

「了解だよ。ひょっとしてお仕事だったり?」

「御名答。今日はモデルのお仕事なのです」

「売れっ子は大変だね。頑張ってね、樹姫」

「ありがとう、暦。行ってくるね〜」


 親友の樹姫は手を振り、帰っていく。彼女はモデルであり、女優でもある。


「職員室行ってみようっと。結ちゃんいるかな?」


 止まっていた恋の歯車が再び周り始める。



「お待たせ。迎えに来たよ。遅くなってごめんね、夕貴ゆきちゃん」

「…………別に美南を待ってなんかないし」

「そかそか。早く帰ろ〜つかさが帰ってくるまでに晩ごはんの準備しなくっちゃ。夕貴ちゃんは何か食べたいものある?」

「…………別にない」

「んー、じゃああたしの好きなものにしちゃおうっと!」


 あたしはそう努めて明るく笑う。夕貴の反応が薄いからといっても冷たくしてはいけない。だって夕貴はつかさとふたりで迎えた養子ーー大切な家族なのだから。


 夕貴は虐待され、施設に保護された子どもだった。悲しいことに施設にいる子はこういう境遇が少なくはないらしい。あたしたちはとりわけ心の傷が深い子ーー夕貴を養子に選んだ。エゴかもしれないが、この子を幸せにしたいと思ったんだ。あたしは看護師だし、つかさはカウンセラーだから出来ると思ったんだ。


「お肉にしようかなー。夕貴ちゃんはステーキ好き?」

「……わかんない。そんないいもの食べたことない」

「じゃあ、食べなきゃね!楽しみにしてて?」


 あたしは夕貴にそう笑いかける。

 はぐれないように手を繋ぎたかったけれど、思い留まる。まだ、夕貴はあたしたちが触れることを許してくれてはいないのだ。

 最初は会話すらしてくれなかったことを考えたら、これでも確実に進歩しているのだけれど。


 ーーいつか“ママ”と呼んでもらえたらいいな。


 そう思いながらあたしはスーパーを目指していた。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る