第14話 絶望と希望、そして……
「結論だけお話しますと、ご両親を殺害した犯人が見つかりました」
「そうですか」
そしていきなりそんなことを言われるが、正直どうでもよかった。
「胡桃は?」
「これをあなたにと」
星崎さんはそう言って俺のスマホを渡してきた。
俺はそれを受け取らずに星崎さんを睨む。
「そんなの聞いてないんだよ。胡桃はどうしたのかを聞いてる」
「一条さんはもう少しで退院出来ますよね?」
無性に腹が立つ。
おそらく自宅だったらベッドを本気で殴りつけ、何かしらを破壊したくなっていた。
だけどまだ理性が勝てているおかげで睨むだけで済んでいる。
ちなみに俺の退院はもう少しとのことで、昨日からリハビリを開始している。
「最後だ。胡桃はどうしてる?」
「口止めされてるんですけど、聞きますか?」
「聞く。もしもの時は俺が胡桃に謝罪する」
今は何よりも胡桃が無事なのか、どこに居るのかを知りたい。
「無事ではあります。ただ精神的な問題で入院して抜け出したみたいですけど、帰ってきたら物理的な問題を抱えていまして……」
「回りくどいんだよ。あんたと話せてる時点で、今は分からないけど意識がある状態なのは分かってる。何がどうなってどこに居るかをそのまま話せ」
苛立ちを抑えきれなくなり、口調がだんだんと強くなる。
「そうですね。矢島さんは両目が焼かれた状態で帰ってきました。今は意識を失ったようで眠っています」
「焼かれた?」
「はい。一部始終はこれに」
星崎さんはそう言うと、また俺のスマホを差し出してきた。
「……そういうことかよ」
「見ますか?」
「胡桃は見て欲しくないんですよね?」
星崎さんは頷く。
「それなら見ないですね。これはあくまで証拠なんでしょうし」
胡桃には『撮る』ものが必要だった。
だけど胡桃はスマホを持っていなかったから俺のを使った。
そして『証拠』となるものを俺のスマホで撮影した。
「俺の両親を殺したのは、胡桃の叔父ってことですか」
「はい。そして矢島さんはその証拠を得られないと判断して、別の証拠で逮捕させることにしたようです」
「……」
何をしたのかは簡単に想像がつく。
何せ胡桃の顔には無数の証拠が残されているのだから。
だけどそれも『誰が』やったのかは分からない。
そして胡桃はどっちの証拠なら得られるかを考え、後者を取った。
「自分への暴力を撮影して、それを証拠にする予定だったみたいです。ですけどまさか目を焼かれるとは思ってなかったでしょう……」
いや、確実にそれぐらいは想定内だったと思う。
胡桃は知っているのだから。胡桃の叔父が人を簡単に殺せる人間だということを。
そんな人間を脅そうと思ったら、最悪自分が殺されることも想像したはずだ。
今回はたまたま目を焼かれるだけで済んだけど、下手をしたら二度と胡桃には会えなかった。
それを考えるとゾッとする。
「俺のせいか……」
「え?」
思わず口に出してしまった。
俺が両親は通り魔に殺害されたと言わなければ、胡桃が目を焼かれることはなかった。死の危険に脅かされることもなかった。
「胡桃はどこに?」
「会っても意識を覚ますかは分かりませんよ」
「だとしても謝らなきゃなんですよ」
俺はそう言ってベッドの横に立てかけてある松葉杖を手に取る。
無くても一応は歩けるが、ずっと寝たきりだったので前のようにはまだ歩けない。
「車椅子持ってきますよ」
「いいです。それより場所を」
慌てて立ち上がった星崎さんは俺の気持ちを察してくれたのか、胡桃の病室だけ教えてくれて他は何も言わなかった。
俺は星崎さんに「ありがとうございます」とだけ告げて病室を出た。
教えられた病室に着くと、扉に『面会謝絶』と書かれた紙が掛けられていた。
だけどどうやら星崎さんが話をつけていてくれたようで、看護師さんが中に入れてくれた。
「胡桃……」
実際に見るのは初めてだけど、胡桃には呼吸器と点滴が繋がっていた。
どんな人に必要なのかは分からないけど、胡桃は想像以上に重症なのかもしれない。
胡桃の目にはアイマスクのようなものが付けられているが、おそらく今回のことで増えた傷は目だけではない。
見えるところが目なだけで、きっと見えないところも……。
「ごめんな胡桃。俺のせいで痛かったよな」
椅子に座り松葉杖を壁に掛けた。
眠る胡桃を見つめることしか出来ない。
「無力でごめん。出会ったのが俺でごめん。俺なんかに好きになられて、ごめん……」
もしも胡桃が俺に出会ってなかったら、胡桃の目は今も光を映していた。
もしも胡桃が俺と出会ってなかったら、こうして意識を失うことはなかった。
もしも胡桃が俺と出会ってなかったら、俺の両親のことで責任を感じることはなかった。
「なんだよ、やっぱり全部俺のせいじゃん……」
俺があの日胡桃と出会わなければ。少し遅れたり、少し早く家を出ていたらこんなことにはならなかった。
たとえ出会ったとしても、胡桃が俺を刺すのを止められていたらこうはならなかった。
そして刺されたとしても、胡桃の顔がタイプなんて嘘をつかなければ……。
なんて今更後悔しても遅いことばかりが頭をよぎる。
「胡桃は何も悪くないんだよ。全部俺が……」
「
俯いていた俺の顔がバッと勢いよく上がる。
そこには両目は閉じているが、明らかにこちらを向いている胡桃がいた。
「胡桃!」
「声が震えてますけど、泣いてますか?」
「当たり前だろ! 胡桃と二度と話せないかと思ったんだか……ら」
あまりの手のひら返しに自分で言ってて呆れる。
胡桃と出会わない方が胡桃の為とか思っておいて、いざ離れるとなると怖くなる。
「本当にごめん。胡桃は俺と会うべきじゃ……」
思わず言葉が止まる。
なぜなら胡桃が盛大に頬を膨らませたから。
「やっぱり万里さんはおばかさんです」
「さっきからその可愛い罵倒はなんなの?」
「おばかさんだからおばかさんなんです」
胡桃はそう言うと、右手をさ迷わせた。
「握ってくれないんですね……」
「大変申し訳ございませんでした」
俺が慌てて胡桃の手を両手で包み込むように握ると、胡桃は嬉しそうに笑った。
「万里さんは私と出会いたくなかったみたいですけど、私は万里さんと出会えたおかげでとっても救われたんですからね?」
「いや、出会いたくなかったとは言ってないけど?」
「言ってましたー。言っておきますけど、万里さんと出会えてなかったら今頃よくて少年院か、逮捕されてるか、一番最悪なのは叔父のおもちゃの生活が続いていたかなんですよ?」
「そうかもしれないけど、俺がもっと上手くやってれば胡桃が痛い思いをしなくて済んだんだよ……」
百歩譲って、出会えたのは良かったのだとしても、俺がもう少し上手く立ち回れていたら違う結果になったのは事実だ。
「確かに万里さんが私を好きだって嘘をつかなかったら結果は変わってたかもですね」
「好きだってのは嘘じゃない」
「そうですね。自分で言うのもあれですけど、万里さんは私を好きなんだと思います」
「そうだよ」
「ですけど、理由は適当すぎませんかね?」
「……」
それを言われると何も言い返せない。
散々顔がタイプとは言ってきたけど、実際一昨日まではそう思っていた。
でも本当はそうではない。
「きっと万里さんのご両親を襲ったのが私だと思ったんじゃないですか?」
「どうなんだろうな。少なくとも胡桃が自分の意思でやってるとは思ってなかったよ。誰かに命令されて、やらざるを得ないからやったんだって」
確証なんて無かった。
だけど両親を殺したのが俺と同じ『通り魔』だったから胡桃を両親を殺した犯人と重ねてしまった。
そして胡桃の反応を見て、抗えない状況で、どうしようもないから襲ったのだと。
「でも結局は『こんな可愛い子がそんな事する訳ない』っていう考えはあったよ」
「万里さんは悪い女の人に騙されそうです」
「勝手に人のスマホを盗んでく悪い女の子になら騙されてもいいかな」
「ごめんなさい」
胡桃が謝ると、二人して笑いあった。
「私、自首しますね」
「絶対に言うとは思ってた」
ずっと隠して暮らして欲しかった。
だけどそれは俺のエゴ。
隠していればそれだけ罪の意識は重くなる。
その先に待つのは破滅だけ。
「万里さんが私を好きだと言ってくれるなら、私は綺麗な体になって万里さんの気持ちに応えたいです」
「それが胡桃の考えなら尊重するよ。胡桃が出てくるまでに就職しなきゃか」
やはりフリーターでは二人分の生活を支えるのは厳しい。
最終手段は使わない方向で就活を始めようと思う。
「とか言って、すぐに出てくるんだろうけど」
「どうなんですかね? 未成年の殺人未遂って」
「メタいことを言えば、俺が被害届を出さなければ何も起こらないんだけどな」
「それは駄目です。私は万里さんと綺麗な体で一緒になりたいので」
分かっている。ちゃんと法で裁かれて、罪を償った綺麗な体という意味だ。
決して変な意味はない。
「見た目は綺麗じゃないんですけどね。一緒にプールとか海は行けないですし、夏も半袖や短いスカートは履けないです」
「前にも言ったけど、胡桃がいいなら俺は胡桃の隣を普通に歩くからね? それと見たくない訳じゃないけど、俺は胡桃の露出高めの服を見たいなんて言ってないからね?」
「あ、お家でならいいですよ。万里さんと二人っきりだったら私の全部を見せられますから」
「わざと言ってるだろ」
胡桃が舌を出して答える。
「そんな可愛い子には目が見えないのをいいことに色々やるからな?」
「万里さんになら何をされても嬉しいです」
「なんなのこの子。強すぎてこっちが照れるんだけど」
敬語だから気がつかなかったけど、おそらく今の胡桃は素だ。
それに目が見えないからなのか、恥じらいがない。関係ないだろうけど。
「まぁなんだかんだ言っても、私がいない間に幸さんと男女の関係になってるんでしようね」
「ならないわ!」
「いいんですよ。私は貧相な体で傷物(傷だらけの方)で、かたや幸さんは男の人を惑わす魅惑の体ですから。神様はなんて無慈悲な……」
「俺はどんなことがあっても胡桃を愛し続けるって決めてるから」
俺は出来る限り真面目に、気持ちを伝えられるように胡桃へ伝える。
「小さい方が好きとか言うのかと思ってたのに、そんな真剣に言われると恥ずかしいですよ」
「俺の本心だよ。俺は何があっても、どんなことがあっても胡桃を愛し続ける」
「……勉強別に幸さんのことを好きになっても怒ったりしませんからね?」
「好きにはなるかもしれない。というか好きだよ。でも俺にとって胡桃は一生を使って愛し続けたい相手なんだよ」
だから幸のことは愛せないとは言わないが、おそらく愛し合いたいのは胡桃だけだ。
これから恋人になって、恋人らしいことをしたいのも胡桃。
幸の誘惑に負けるつもりはない。
「万里さんは万里さんの幸せを選んでね。私だけに固執してたら一生卒業出来ないかもだよ?」
「胡桃は下ネタを言うな。なんかイメージと違う」
「嫌いになる?」
「好きな人が違う一面見せてくれたのになんで嫌いになるんだよ。しかもそれが下ネタとか興奮するだろ」
「万里さんの性癖って特殊だよね」
「うるさい」
(そろそろかな)
「万里さん。私そろそろ眠たい」
「そんな気がした。子守歌歌いたいところだけど、余計に寝れなくなるだろうから帰るな」
「すごい聞きたい。なんで今言うかな」
「今度聞かせるよ」
「……うん」
本当は眠るまで一緒に居たいけど、それは許されないだろう。
なので胡桃の手を一度強く握ってから、壁に掛けた松葉杖を手に取って立ち上がる。
「おやすみ、胡桃」
「うん。バイバイ、万里さん」
胡桃が笑顔でそう言うと、俺は歯を食いしばって病室の扉に向かった。
外に出ると俺を入れてくれた看護師さんだけでなく、数名の白衣の男女が立っていた。
俺はその人達に「お願いします」と言って頭を下げた。
その中で一番偉そうな男の人が俺の肩をポンと軽く叩いてから病室に入って行った。
全員が入ったところで俺は逃げるように自分の病室に向かった。
残っていたら聞きたくないものを聞いてしまうだろうから。
結果的にそれは先延ばしになっただけで、次の日の朝に俺の肩を叩いた男の人がやってきてこう告げた「矢島 胡桃さんが亡くなりました」と。
その日は一日涙が止まらなかった。
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