第13話 罪の意識

万里ばんりさん!」


「説明求む」


「私のセリフだよ!」


 叫びながら病室に入ってきたしあを叱責するのも忘れ、今の状況を整理する。


 俺と話していた胡桃くるみがいきなり倒れた。


 ここが病院なのが幸いして、すぐに診てもらえたけど、俺は一人で自由に歩ける状態ではないから胡桃がどうなったのか知らない。


 だからこうして学校が終わり、今日来る予定だった胡桃に説明してもらいたかった。


「私だってここに向かってる途中で万里さんから連絡きて、とりあえず万里さんのところに急いで来たんだよ」


「そりゃそうだよな。検査中かもだし、何かあれば俺のところに一言ぐらいはあるか」


 胡桃が倒れたことで頭がいっぱいになり、他のことが何も考えられなかった。


「焦ってたのは分かる。万里さんからきたメッセージを理解するのに時間かかったから」


「誤字ってた?」


「誤字脱字のオンパレードだったよ」


 幸がため息と一緒にスマホの画面を見せてきた。


『くるみざとあた』


「よくこれで内容分かったな」


 俺には何が書かれているのか分からない。


 唯一分かるのが「くるみ」と書かれていることだけだ。


「長い付き合いだからね」


「言っても一年ちょっとだろ」


 俺と幸の初めての出会いは、幸がバイトを始めた時ではない。


 幸の高校受験があるからと、上野さんに幸の勉強を見て欲しいと頼まれた。


 もちろん断ったけど、どうやら本気だったらしく、マジトーンで「減給するぞ」と脅された。


 俺は人にものを教えることが得意ではないし、何より人嫌いだったから減給されてでもやりたくはなかった。


 だけどどうしても引き下がらない上野さんに負けて幸の勉強を見ることになった。


 それが俺と幸の出会い。


「でも確かに、俺の説明を最初っから理解してたもんな」


「万里さんの説明は分かりやすかったよ? 仕事中だって、ちゃんと教えてるじゃん」


「そりゃ違うことしてたら言うけど、幸みたいに理解してくれる奴はいないだろ」


 いくら説明下手でも、一応先輩だから後輩に教えなければいけない場面はある。


 だから仕方なく教えるけど、理解されてる気はしない。


 返事はあるけど「何言ってんのこいつ?」みたいな顔されるし、五分後には同じミスをする。


 だから極力何も言わないようにしている。


「それは私と万里さんの仲だから出来ることだもん。まぁ理解する気のない人にものを教えるのは大変だよね」


「それな」


「てか、それはどうでもよくて。分かったのは、万里さんからメッセージが飛んできたのって初めてのことだし、返信くれたとしても平均二文字の万里さんが七文字も書いてるんだよ? そんなの緊急事態以外有り得ないでしょ?」


 とてつもない説得力だった。


 基本的に俺は人に連絡をしない。


 仕事を休む時はするけど、逆を言えばそれ以外で自分から連絡した記憶がそんなにない。


 幸と外で待ち合わせをした時に一時間待ちぼうけを食らった時はさすがにしたけど。


「ちなみになんて書いたの?」


「胡桃が倒れた」


「気持ちは分かるけど、焦りすぎだよ」


 幸が子供を宥める母親のように優しく俺の頭を撫でる。


 そんな事された記憶がないから知らないけど。


「なんで倒れたの?」


「分からない。胡桃の話を聞いてて、俺の両親の話をしたら急に」


「胡桃ちゃん話せたんだ。その時に倒れてないってことは、万里さんの話でだよね?」


「そうだろうな。でも、俺の両親が死んでることを聞いてもさすがに倒れるまではいかないだろ」


 胡桃は優しいから、悲しんでくれたのかもしれないけど、それでもさすがに倒れるまではいかないはずだ。


「万里さんのご両親って、その……」


「通り魔殺人ってやつに巻き込まれた。そんで犯人は見つかってない」


 幸が言いづらそうだったので、軽い感じで説明する。


 不謹慎と言われるかもだけど、辛そうに話して幸に気を遣わせるよりかはいい。


「そういえば『ごめんなさい』って言われたな」


「それって胡桃ちゃんがその犯人を見てるとか?」


「だとしても、俺の両親を知らないだろ」


「そうだよね。じゃあ胡桃ちゃんが……ごめんなさい」


 幸がただ、一つの思いつきを口に出したのは分かっている。


 だけどそれを口に出させるのは嫌だったし、何より許せなかった。


 だから思わず睨んでしまったけど、それを謝ることは出来なかった。


「俺も謝らないから幸も頭を上げてくれ。今のはなかったことにするから」


「うん……。でも、ごめんなさい」


「謝るなら胡桃にだろ。とにかく、胡桃の回復を待とう。勝手な想像で決めつけるのはよくない」


「そうだね。とりあえず私は受け付けかお医者さんに胡桃ちゃんのこと聞いてくるね」


「頼む」


 幸が出来るだけ明るい声でそう言った。


 表面上は取り繕ったつもりだったけど、俺の不機嫌が幸に伝わってしまったようだ。


 幸は一度だけ俺の方を向いてから病室を出ていった。


「ごめんな、幸」


 直接言わなくては意味が無いのは分かっているけど、謝らないと言った手前、直接謝れなかった。


「クズが」


「それって私のことですか?」


 狙ったように幸と入れ替わりでいつかの警官である星崎さんが病室に入ってきた。


 いつも俺が一人なるのを待っているようだけど、夜、胡桃が帰った後に来たりはしないという一般的な考えは持っている警官だ。


「内心で舌打ちとかしてます?」


「ちっ」


「とても不機嫌なのは分かりました。ですけど、たまにしか時間を取れないのでご容赦を」


「じゃあ今回で終わりにしてくれます? 俺は警官が嫌いなんで」


 今回のことで更に嫌いになったが、それ以上に両親が殺されたことを何故か俺に根掘り葉掘り聞いてきた警官という奴らが嫌いでならない。


 挙句に犯人は野放し。


「ご両親のことでしたら、耳が痛いです」


「まぁ知ってるか。別に俺としては両親が殺された事とか、犯人を捕まえてない事は気にしてないですよ」


「事情聴取が嫌なんですよね。色んな個人情報を聞いたのに、結局犯人捕まえられてないんですから」


「それが分かっててまだやる必要あります?」


 俺はちゃんと犯人の顔は見てないと伝えた。


 嘘だから、それを聞き出す意味では子の事情聴取はちゃんと意味を持っているのだけど、嫌なのだから仕方ない。


「ちなみに俺が被害届? 出さなかったら終わります?」


「それでも、一条さんを襲った犯人が別の人を襲うかもしれないので聞くことは聞きます」


「聞くだけ聞いて捕まえられないのに?」


「それは……、実際ご両親を襲った犯人を捕まえられてないから何も言えませんね」


 俺か胡桃が言わなければおそらく胡桃が犯人として捕まることはないし、他の誰かが襲われることもない。


 それに胡桃は高校生だから、本当の意味で捕まることもないだろう。


 だけどそれを知るのは俺と胡桃だけだから星崎さんの不安も分かる。


「まずは両親を殺した奴を捕まえてくれます?」


「まずは信頼を、ですか。分かりました。ご両親を襲った犯人を逮捕出来たら、話を聞かせてください」


「知ってることは全部話したんで、捏造ねつぞうで良ければ」


「聞きましたからね」


 星崎さんはそう言うと満足したように立ち上がり、俺に一礼してから病室を出ていった。


 もしも素直に「はい」と答えていたら、俺が隠し事をしてることがバレていた。


「カマかけんじゃねぇよ……」


 ただでさえ不機嫌なのだから、他のことで頭を使わせないで欲しい。


 星崎さんが出ていって数分後に幸が戻ってきて、胡桃が一時的に入院することになったのを知らせてくれた。


 そんなに酷くはないが、一応とのこと。


 その事に安堵しつつ、幸に感謝を伝えた。


 出来るだけ優しく。心からの感謝を。


 それからは幸の帰る時間まで他愛ない話をしていた。


 幸との関係は元通りになれたようで安心していたが、次の日に目が覚めると違う意味で驚かされる。


 俺の枕元に『すぐにお返しします。私の罪を清算してきます。』と書かれた紙が置かれていて、俺のスマホが無くなっていた。


 なんの事か分からなかったが、誰がやったのかはすぐに思いついた。


「胡桃……」


 俺は入院してるはずの胡桃の名を呟くことしか出来なかった。

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