第11話 顔の秘密について

「さて胡桃くるみよ」


「なんですか?」


しあに言って俺に言ってないことを全部話しなさい」


 上野かみのさんが帰り、やっと胡桃と二人きりに戻れたところで、ずっと気になってたことを聞く。


 断じて嫉妬ではない。


 ただ幸には学校に行ってない理由を話していたのに、俺には何も教えてくれてなかったのが悲しかっただけだ。


 断じて悔しかった訳ではない。


「そうですね。話すタイミングを探してたら、結局どこなのか分からなくなってたところなのでちょうど良かったです」


「天然属性付けるな。可愛いが加速するだろ」


万里ばんりさんの可愛いが最近軽くなってきてる気がするんですよね」


「そんな事はない。ちなみに何したら信じてくれる?」


 俺の気持ちに変化はないから、胡桃が信じれるのなら何でもする。


「一番簡単なのは私がフードを外した状態で万里さんの隣を歩くことなんですよね」


「それならむしろ俺から頼みたいことだけど?」


 今はベッドから出られないから無理だけど、いつかは胡桃の隣を歩きたい。


「多分意味合いが違います。でも万里さんなら気にしないんでしょうけど」


「よく分かんないけど、退院したら一緒に散歩すれば信じてくれる?」


「あ、すいません。言っておいてあれですけど、まだ私の方が外で顔を出すことが出来ないです」


 それもそうだ。


 胡桃の綺麗な顔を簡単に見れてたまるものか。


 俺は刺されて入院までしたのだから。


「絶対に変なこと考えてますよね?」


「胡桃のことしか考えてない」


「知ってます。だから私で変なこと考えてますよね?」


 胡桃にジト目で睨まれる。


(その顔も可愛い)


 こういうことを考えているから胡桃が怒るのだ。


 やめないけど。


「万里さんは万里さんなので諦めます」


「すごい呆れられた気がするんだけど?」


「すごい呆れてます。それより幸さんに話したことを話すんですよね」


「それ。胡桃のことを全部教えて」


 言ってて思うが、俺は独占欲が強い。


 今までは胡桃が話せると思ったタイミングを待とうと思えたけど、幸には話せて俺には話していないと聞いたら少しモヤモヤした。


 そのモヤモヤは断じて嫉妬ではないが、やはり幸は知っているのに、俺は知らないのが嫌だ。


「めんどくさいな、俺」


「私は、私を考えてくれてるのが分かって嬉しいですよ」


「考えるよ。最近は頭の半分ぐらいは胡桃で埋まってるから」


 ほんとに言っててやばいのが分かる。


 だけど本当に胡桃のことばかり考えている。


 幸がいるから大丈夫だろうけど、言わないと何も食べないし、布団で寝ることもしない。


 俺は家での胡桃を見たことがないから、どこまでが真実でどこまでが嘘なのかも分からない。


 正直な気持ちを言えば嘘であって欲しい。


「私のことを手放しで信じれる訳でもないですしね」


「そこはあんまり気にしてないけど、それ以上にやることないのもある」


 何かをしていて手が付かない程胡桃のことを考えているのではなく、胡桃のことを考えるぐらいしかやることがないというのが事実だ。


 幸に色々と持ってきてもらったけど、そもそも俺は無趣味なので胡桃が帰った後は何もやることがない。


 今あるのは上野さんから貰った絵本だけだ。


「そうですよね。お絵描きとかしますか?」


「きっと真面目に言ってるんだよね。絵は苦手だからいいや。それよか話を戻そう」


 盛大に脱線させた話を強引に引き戻す。


 だったら最初から脱線させなければいいのだけど、気になったことはすぐに口に出てしまうのだから仕方ない。


「そうですね、幸さんに話した事となると、さっき話した学校に行ってない理由と、家の事と、その両方に関係するこれですね」


 胡桃はそう言って自分の顔に触れる。


 正確には傷の跡や火傷の跡に。


「俺には話してくれなかったのに……」


「拗ねないでください。万里さんの方がよっぽど可愛いですよ」


「は? 胡桃のが可愛いから」


「逆ギレ……。じゃなくて、怖かったんです」


「何が?」


「万里さんが私の顔を気味悪がらないのが本心なのは信じれるようになりました。だけど、理由を話してどんな反応されるのか怖かったんです」


 胡桃が俯きながらパーカーの袖をぎゅっと握りながら言う。


 俺は何を聞いたところで胡桃を嫌ったり、蔑んだりはしないが、それは俺の考えだ。


 俺が未だに胡桃を信じきれないように、胡桃だって俺の事を全て信じる事は出来ない。


「そういう擦り合わせを出来るかどうかで今後の関係が決まるんだろうな」


「それは私達の関係が最悪だって言ってますよね?」


「今出来てるから問題ない」


 別れる一番の原因は話し合いをしないから。


 なんでも話せる関係ならそうそう別れることはない。


 知らんけど。


「俺を信じろとは言わないけど、胡桃を好きでい続ける自信はあるから」


「そんな事言って気がついたら幸さんの事を好きになってるんですよ」


「絶対にないとは言えない事を言うんじゃない」


 胡桃の事を好きになって、幸の想いも理解した。


 俺なんかを好きになってくれた幸を大切に思わない訳がない。


「一応後は胡桃の気持ち次第なんだけどね」


「私の答え次第で万里さんと幸さんの運命が決まるって事ですよね……」


「大袈裟に言うとね。あ、胡桃の本心を聞かせてね。今じゃなくていいけど」


 俺や幸に気を遣った言葉なんて誰も得をしない。


 だから胡桃の気持ちに整理がつくまで俺は待つ。


「万里さんってわざと話逸らしたりしてます?」


「してない。普通に脱線してるだけ」


 気づいた時には話が逸れている。


 嫌になるが自分でも制御出来ないから仕方ない。


「今度は脱線させないからお願い」


「はい。とりあえずは家の事を話します」


 胡桃が一つ息を吐いてから俺に視線を向ける。


「私、両親が他界しているんです」


「うちと同じか」


 胡桃と出会う少し前にとある事故? 事件? に巻き込まれて両親は帰らぬ人となった。


「はい、万里さんに許可も取らずに聞いていいのかと思ったんですけど、幸さんから聞きました」


「特に隠す気はないから別にいいよ。特に胡桃なら」


 言いふらすような事ではないけど、胡桃に隠すような事ではない。


 同じ境遇なら尚更。


「ありがとうございます。それで私は叔父に引き取られたんです」


「そこは幸と似てるな」


 幸の場合は両親は生きているので意味合いが違うが、幸の両親は共働きで家を空けることが多いから上野さんに育てられたらしい。


「そうなんですよね。驚きました」


「だから小さい頃の秘密をバラされたくないって言って抗えないんだよな」


「小さい幸さん見てみたいですけどね」


「とても可愛いらしいぞ。幸に怒られるから写真は見た事ないけど」


 上野さん曰く贔屓目なしに世界一可愛いとのこと。


 一度「見てみたい」と言ったら幸に無言で睨まれたのでそれ以降は言っていない。


「私も生まれた時は多分まともな顔だったんでしょうけど、今では……」


「幸に勝るとも劣らないって?」


「私はそこまで自分を誇れないですよ。でもやっぱり万里さんは幸さんのお顔も好きなんじゃないですか」


「いや、優劣とかないでしょ」


 そもそも俺は幸の顔が嫌いとかではない。


 胡桃も幸も可愛いけど、胡桃に惹かれただけの話だ。


「万里さんですもんね。えっと、それでですね。実は私の両親を殺害したのが叔父なんです」


「サラッと重大発表しすぎでは?」


 聞かされた俺は内容を飲み込めないでいる。


「比喩とかではなく?」


「はい、私を手に入れる為にやったと」


「警察には?」


「証拠がありません。それも叔父が言っていただけで本当かどうかも分かりませから……」


 胡桃は淡々と話すが、表情がどんどん暗くなっている。


「あ、私を手に入れるって言うのは、従順なおもちゃが欲しかったって意味ですから、その……」


 胡桃が慌てた様子で言うと、みるみる顔が赤くなっていった。


 どうやら体の関係はないらしい。


「おもちゃってのは、遊び道具って意味合いでいいのか?」


「はい……」


 そこまで聞けば分かる。


 胡桃の顔に付けられた刃物で切られたような切り傷。熱湯か熱せられた何かを押し付けられたような火傷跡。


 人を傷つける事に快楽を求める人間なら、胡桃を手に入れる為に両親を殺害したと言うのも真実味を帯びてくる。


「だからだったのか?」


「覚えてたんですね」


 俺が目覚めた後に胡桃はそう言っていた。


 誰かを刺して捕まれば叔父から解放される。


「人生賭けすぎたろ」


「ちょっと違います。私も人に迷惑をかけてまで自分が助かろうなんて思いませんよ」


「胡桃を疑った俺をなじってくれ」


「なじる?」


「ごめん、続けて」


 胡桃の無垢な瞳に汚い俺の心が浮き彫りになってしまった。


「えと、叔父に言われたんです『誰かを刺してこい』って」


「それにそのまま従っ……わざるをえないのか」


 従わなければ顔だけで済むかは分からない。


 それにおそらく……。


「刺しても大丈夫な場所を狙う事も出来たのもある?」


「はい、叔父が私で遊ぶ時に楽しそうに話してました。どこを刺したら致命傷で、どこを刺したら助かるのか」


「サイコすぎんだろ」


 そんな奴とはお近付きになりたくない。


 俺は色々と頑張ってきた胡桃の頭を優しく撫でた。

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