第10話 学校への恨み辛み

「私の過去を話す前にこれを見て欲しいです」


 胡桃はそう言うと、頑なに取ろうとしなかったフードを自らの手で取った。


 そして久しぶりにちゃんと見る可愛い顔が露になった。


「なるほどな……」


 上野さんが何かを察したように俺の方を見る。


「なんすか?」


「いや、万里は幸みたいな純粋に可愛い子よりも、矢島さんみたいな可愛いと綺麗を合わせたような顔がタイプなのかって」


「そうみたい。属性で言うなら幸は天然とか元気っ子で、胡桃はクーデレな感じなんだよな」


 幸はその通りだけど、胡桃がクーデレかは微妙なところではあるけど、見た目だけの印象で言うとクーデレが合っている。


「万里って普通とズレてるのに、ポニテが好きだったりクーデレが好きだったり、そういうところは普通の男子だよな」


「いいだろ別に。むしろあんたの趣味が特殊過ぎるんだよ」


「俺のは特殊って言わないだろ。二次元しか愛せないのは認めるけど、今のご時世それは仕方ないことだろ」


 仕方ないかどうかは置いといても、リアルの付き合いが怖いというのは分かる。


 三次元の人間は嘘しかつかないのに対して、二次元の子達は嘘をついたとしても内心を全て心の声で話してくれる。


 上野さんの過去に何があったのかは知らないし興味もないけど、何かがあって二次元しか愛せなくなったとは聞いている。


「俺は別にいいと思ってるけど、あんたが俺の好きなタイプに口出しするなら俺も言い返すだけだ」


「そんな理由で仲違いしたくないから触れないようにしよう」


「触れたのはあんただ」


「そうやって揚げ足取るから喧嘩は始まるんだぞ」


 喧嘩は吹っかけるのと乗っかるののどちらが悪いのだろうか。


 そんな事を考えていたら、胡桃の表情が困惑していることに気がついた。


「どした?」


「えっと、万里が変なのかと思ってたんですけど、幸さんも上野さんもなんでそんなに反応が普通なんですか?」


 さりげなく罵倒された気がするけど、変な自覚はあるから別にいい。


「万里の場合は言い方は悪いけど興味なかったんだろうな。それで俺と幸は触れて欲しくないだろうことにわざわざ触れるようなことをしないだけ」


「……」


 胡桃が何故か唖然としている。


「まぁでも、万里が矢島さんを顔で好きになったって聞いてなかったらもう少し酷い反応をしてたかもしれないけど」


「どクズが」


「言いたいことは分かるけど、そんな小学生みたいに直接言う訳じゃないからな? 一瞬顔に出るかもってだけで」


「一瞬ならいいと? 人間なんて脆いからその一瞬で全てを諦める奴もいるんだぞ? ましてや胡桃は高校生なのに」


 やってる側からしたら大したことではなくても、受け取る側からしたら命を絶ってもおかしくないことだ。


 そんなことを当たり前のようにする奴こそ消え去ればいい。


「万里が怒ってるぞ。矢島さん、頭でも撫でてあげたら?」


「そ、そんな恐れ多いです」


「普通に照れるからやめろ」


「え、照れる万里見たい。矢島さん、万里を好きにしていいから頭を撫でてみて」


 こいつは一体何を言っているのか。


 胡桃に好きにされるのも、頭を撫でられるのも魅力的だけど、そんなの人前でやる訳がない。


「なんて思っていた時期も私にはありました」


「照れ隠しまで変なんだな」


 退院したら一番に殴りに行こうと今決めた。


 とりあえず今はたどたどしく俺の頭を撫でてくれてる胡桃の手の温もりだけに集中する。


「いい気分だけど、話を戻すぞ。要は学校で胡桃の可愛くて綺麗な顔に嫉妬したガキどもがくだらない噂でも流したせいで学校に行かなくなったと?」


「全然違いますけど、要点は合ってます」


 なんとなくは察していたけど、案の定で胸糞悪い。


「学校なんて理不尽を教える為に理不尽を当たり前のように実行する場だから嫌いなんだよ」


「それな。いじめの仕方といじめの耐え方を教える為の場だから何をしても許されるし。それで耐えられなくて自殺したらそいつが弱かったからだとか言い出す」


「何が学生の本分は勉強だよ。真面目に勉強したってしてない馬鹿に邪魔されて全部がパー」


「体育祭だの修学旅行だの、そんなんやりたい奴だけがやれ。勝手に巻き込んで勝手にキレるんじゃねぇよ」


「わざわざ金払って学校行って、いじめを受けてメンタルやられて、その挙句に自殺したら弱かったから。静観してた奴らが知ったようなこと言うんじゃねぇよ」


「『俺は陰キャにも優しい奴』って自分を良い奴に見せたいからっていちいち構うなよ。シンプルに迷惑、カッコつけたいなら身内の中だけにしろ」


「万里さん……」


 俺が次の恨み言を発しようと口を開いたら、胡桃が優しく俺の頭を抱きしめてくれた。


「……ごめん。学校ってワードは俺達にとって火種すぎる」


「正直止まらないんだよな。今みたいに思いついた悪態を言い続けたら一日あっても足りない」


「ほんとに。あの狭い空間に数十人も閉じ込めたら文句の百、二百なんて軽く出てくるからな」


「もしかして私の悩みって小さいですか?」


「「それは違うな」」


 俺と上野さんが同時に否定する。


「胡桃が俺達の話を聞いて楽になるんなら別にいい。だけど胡桃の悩みは胡桃だけにしか分からないし、人の悩みに大きいも小さいもないだろ」


「そうだな。俺達は確かに色んな恨みや憎しみを学校に抱いてる。実際にいじめに遭ったことだってあるけど、例えば鉛筆やシャーペンを隠されたってことでも、クラスも違う知りもしない奴にやられるのと、親友だと思ってた奴にやられるのだと意味も変わるだろ?」


「はい」


「ちなみに俺は変わらない」


「え?」


 傍から見たらあまりの手のひら返しに驚くのも分かる。


 だけど上野さんの言いたいことは違う。


「俺も誰にやられたところで鉛筆とかシャーペン程度なら興味無い。だけど胡桃はほんとに例えば、幸に隠されたら悲しいだろ?」


「……はい」


 胡桃の悲しそうな顔に胸が苦しくなる。


「幸が絶対にしないのは分かってる。んで、それがおふざけでもないと分かった。だとしても俺とこの人は何も感じない。言いたいこと分かるかな?」


「なんとなく分かります。要するに人によって感じ方が違うから、悩みに大きい小さいはないってことですよね?」


「そう、さすが胡桃」


 さすがに恥ずかしくなってきたのもあるので、胡桃の抱擁から抜け出し、胡桃の頭を撫でた。


「実際さ、学校で起こったことをいちいち気にしてたらキリがないんだよな。大人になったから言えるんだろうけど、高校の三年間しか付き合いのない奴らの為にこっちがすり減るのって馬鹿らしくない?」


「そういう場所ではあるけど、かまってちゃんにわざわざ構う必要ないんだよ。そりゃ漫画とかである『トイレに入ってたらバケツで水をかけられる』とかをされたら話は変わるけどさ」


 そういうことをする奴らはいくら無視し続けたって優越感に浸りたいからやめられなく、自分は人の上に立てるかっこいい人間だと思って絶対にやめない。


「そういう時こそ大人に頼らなきゃなんだけどな……」


「教師なんて全員クソだから」


「『いじめを受けてます』って言ったら『じゃあ証拠をもってこい』だもんな」


「そんで証拠を持っていったら本物かどうか疑われて、挙句には『じゃあ話しとくな』とか言っていじめられてることをいじめてる奴らに話して陰湿で更に酷いないじめに変わる」


「親に言って、親から言われたらそれなりの対応をしようとだけして何もしない。親だって何もしない奴は何もしないし、頼れる相手なんていないんだよ」


「なら私は万里さんを頼ってもいいですか?」


 胡桃はそう言うと、またも俺の頭を抱きしめた。


 さっきも思ったけど、位置があれでほんとに恥ずかしいからやめて欲しい。


「矢島さん、万里が男の子してるから」


「?」


「胸が当たって恥ずかしいって」


「お前外の警官にセクハラで捕まってこい」


 そうすれば目の前のニヤニヤした変態を追い出せて胡桃と二人っきりに……なったらなったで今は恥ずかしいんだけど。


「幸さんみたいに大きくないですから、そんなに恥ずかしがらなくても」


「大きさじゃないんだって……」


「男ってさ、大きいのが好きみたいに思われてるけど、実際その方が多いんだろうけど、万里みたいなタイプは、大きさよりも誰かなんだよ」


「そういうものなんですか?」


 胡桃は不思議そうな顔をするが、それ以外にも理由はある。


 幸には言ってないけど、小さい方が好みというのがある。


 もちろん好きになれば大きさなんて関係ないのだけど、それでもそういう気持ちがないとは言わない。


「結局愚痴っただけで終わった。俺はそろそろ帰るわ。時間もやばいし」


「……分かった」


「二人になるからって羽目を外しすぎないようにな。一応この病院だから」


「うるさい、さっさと帰れ」


 俺がそう言うと、上野さんは笑って立ち上がった。


「矢島さん」


「はい?」


「万里をよろしく。万里が好きになった相手だから心配はなかったけど、それでも多少の心配はあったんだよ」


「俺の母親か何かかよ」


 実際の母親とは長らくちゃんと話していないうちにいなくなってしまったが。


「まぁ心配はいらなそうだよな。万里と出会ってくれてありがとう」


 上野さんはそう言うと胡桃に頭を下げた。


「そ、そんな! 私は……」


「いきなりごめんね。だけどこれだけは言いたかったんだ。それじゃあ」


 上野さんはそう言って立ち去った。


 何を考えてるのか分からない人だけど、何かを隠してるような、そんな感じがした。

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