第9話 男の嫉妬に価値は……

「じゃあまずは馴れ初めから聞こうかな」


「帰れ」


 上野かみのさんが胡桃くるみに構うのを阻止しようと頑張ってみたが、結局無駄に終わった。


 もしも胡桃が俺を襲ったことを話してしまったとしても、上野さんなら誰かに言うことはないと思う。


 だけどあまり人に聞かれていい話ではない。


「いいだろ。しあにいくら言い寄られてもつまんない理由で断り続けてた万里ばんりがどう好きになったのか気になるんだよ」


「普通に一目惚れだって言ってんだろ」


「お前が普通に一目惚れする訳ないだろ」


「それがあるからこうなってるんだよ」


 上野さんがいくら勘ぐろうとそれが事実だ。


「せめて万里が惚れた幸を超える顔を見たいもんだけど」


「あんたが見たら胡桃の顔が汚れる」


「見せたくないのは分かるけど、失礼だからな?」


 胡桃が見られたくないと言っているのだから何があろうと見せるつもりはない。


 だけどそれ以上に、俺が胡桃の顔を見せたくない。


「胡桃の顔は男を惑わす力があるから」


「そんな力は無いです」


「いや、万里の言ってることもあながち間違いでもないかもな」


「上野さんまで……」


 ここに来て初めて上野さんと意見が一致した。


「万里が人を好きになるのは百歩譲れば分かる。だけど後先を考えないで告白するのは有り得ないから」


「それが出来るなら今頃幸と付き合ってるからな」


 俺だって幸からの好意を全て嘘だなんて思っていない。


 顔を合わせたら日に一度は『付き合う』か『結婚』を匂わせる(直接言う日がほとんど)ことを言ってくるのだから。


 俺はそうやって好意を向けてくれる幸のことは好きだ。


 だけど高校生とは付き合えないし、何より幸を養えるかも分からないのに無責任なことは出来ないというのが頭を過ぎる。


 だけど胡桃にはそれが無かった。


「でもそれは私の歳を知らなかったからですよね?」


「だとしてもなんだよ。こいつは自分のことより相手のことを考える。だから付き合うにしても、相手を養えるか、本当に幸せに出来るかってのを考える」


 何を知ったような口を聞くのかと言いたいが、事実その通りだから何も言えない。


「結果的に考えすぎて答えを出さないし」


「でも、相手のことを考えるのは大切なことですよね?」


「確かにね。でもそれで相手の気持ちを蔑ろにするんじゃ意味がないでしょ?」


 胡桃が俺の方をチラッと見る。


 多分同意したいけど、俺の手前素直に頷けないのだと思う。


「別に俺もその通りだと思ってるから気にしないでいいよ」


「ごめんなさい……」


「謝られるとちょっと困る」


「イチャつくな」


「どこをどう見たらそう見えるんだよ」


「二人の世界に入ってたらそれはもうイチャつきなんだよ。俺が言いたいのは、そんなバカみたいに相手のことを考えすぎる万里が初めて会った相手に告白したのがおかしくて、そうさせた矢島さんの顔が気になるのは仕方ないだろ?」


 言いたいことは分かる。


 俺を知ってる人ならそういう結論になるのは当たり前だけど、こればっかりはどうしようもない。


「何を言われても胡桃の顔は見せない」


「独占欲の塊め。まぁ俺も嫌だと言ってる子の顔を見ようとは思わないけど、嫌な理由ぐらいは聞いてもいい?」


「……コンプレックスなんです。幸さんには話したんですけど、疑問には思ってますよね。私が学校に言ってないことに」


 確かにそれは胡桃が高校生と聞いた時から疑問ではあった。


 だけど家に帰りたくないというのにも繋がっていそうで、胡桃が話せると思うタイミングまで待とうと思っていた。


「てか幸には話したんだ」


「万里、男の嫉妬は醜いだけだぞ」


「うるさい。嫉妬じゃないし、女の子同士の方が話しやすいのは理解してる」


「本音は?」


「一番に相談されなくて寂しい……」


 とても女々しいのは自覚しているが、胡桃と一番仲を深めているのは俺だと勝手に決めつけていた。


 だけどやはり性別の壁には勝てなかった。


 そう、性別の壁に負けたのだ。


「胡桃との関係が一番深いのは俺だ……よな?」


「自信を無くすな。見ててとても面白いけど」


「……」


「ほら、矢島さんが答えにくい感じになった」


「あ、違うんです。私が一番信頼しているのは確かに万里さんです」


 一度沈黙が入ったせいで、気を遣われているようにしか聞こえない。


「自分は信用して欲しいのに、信じてはあげないんだな」


「信じてるし。黙れし」


「拗ねんな。男が拗ねても可愛くない」


 別に上野さんに可愛いとか思われたくないからいい。


 そもそも拗ねてないし。


「万里さんの意外な一面。あ、違くて、万里さんを信頼してるのはそうなんですけど、信頼してるから一番に言えなかったと言いますか……、説明が下手ですいません……」


「万里、どうせ当たってるから思いついたの言ってみ」


「俺にどんなことを話しても受け止めてはくれるだろうけど、それでも絶対とは限らない。だからその少しの可能性が怖くて先に幸に相談した。俺との関係を壊したくなかったから。あくまで俺が胡桃の立場ならの話だけど」


 一番深い関係というのは、一番壊したくない関係だ。


 信頼関係があれば大抵のことは受け止めてくれる。


 だけど壊したくないからこそ、一歩踏み出すのが怖い。


 受け止めてくれるだろうけど、絶対なのかどうかは分からないから。


「万里さんは私にとって一番の理解者なんです。私の全てを受け止めてくれて、私のことを一番に考えてくれる。私はそんな万里さんに嫌われるのが怖いんです」


 胡桃が俯きながら自分の指をいじる。


「多分万里さんは私がどんなことを話しても受け止めてくれます。前科はあるので」


 確かに刺し殺そうとした相手を許す事以上に受け止めきれない話を探す方が難しい。


「だからなんだよね? 万里は大切に思う相手の話はなんでも許すし受け止めてくれる。だけどそれは万里が普通じゃないからだ」


「褒めてるフリして褒めてないだろ」


「照れ隠しで話の腰を折るな。俺がお前にしてるような事を普通の人間にしたら縁を切られるからな?」


「分かってるならやめろよ……」


 どれだけ俺が苦労したか分かってない。


 例えば……まぁ思いつかないけど。


「興味がないって言ったらそれまでだけど、万里は相手が真剣なら真剣に考える。そういう当たり前な事って普通は出来ないんだよ」


「そうですよね。本当に万里さんに出会えて良かったです」


 言いたい事はなんとなく分かるけど、面と向かって言われると居たたまれくなる。


「上野さんはああ言いましたけど、照れてる万里さんは可愛いです」


「まさか幸以外にそう言う人が居るなんて」


「照れてないし、そういうのいいっての」


 さすがにこれ以上は俺のメンタルがやられる。


「分かりました。話します、私が学校に行ってない理由を」


 胡桃はそう言うとテをギュッと握って拳を作った。


 きっと話すのも辛い事なんだろう。だけど話してくれると決めた胡桃の気持ちを村長して、静かに聞く事にした。


 胡桃の過去があらわになる。

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