第8話 問題襲来
「
「なんですか?」
「胡桃はどうしても会いたくない相手が会いに来るとして、どうやってそれを来させないようにする?」
「
昨日からずっと同じような事を言っていたせいか、胡桃に見捨てられた。
だけど俺は諦めない。
奴が来るのはおそらく昼過ぎ。それにはまだ時間があるから、それまでにどうにかして会わなくていい方法を捻り出す。
「どうしてそんなに会いたくないんですか?」
「俺だけならまだいいんだけど、絶対に胡桃に絡むから嫌なんだよ」
幸は胡桃に「頑張って」と言っていたが、俺は頑張らせたくない。
悪い人ではないけど、悪気をもって変な事を吹き込むし、だる絡みをする。
その相手を胡桃にさせたくない。
「だからって胡桃を一人にはしたくないってジレンマ」
「私、おじゃまですか……?」
胡桃が寂しそうに言う。
「胡桃は邪魔じゃない。邪魔なのは──」
「邪魔なのは? 誰が邪魔なんだ?」
「あんただよ」
来るのは昼過ぎだと思っていたのに、こんなに早く来るなんて聞いていない。
「久しぶりなのに酷いこと言うな。お前が刺された時に一番最初に連絡したの誰だっけ?」
「仕方ないだろ。仕事を休むのを知らせるのは社会人の基本なんだから」
「それでもまずは救急車を呼ぶのが先だろ。そんなに俺と話したかったのか?」
「馬鹿なの? いや、馬鹿か。まず職場に連絡しないと、あんたはともかく幸や他の人が困るだろ」
「馬鹿はお前だ。それで間に合わなくてお前が死んだら誰が困る? 一日無断欠勤するのと、お前と一生会えなくなるのだったら無断欠勤ぐらいなんでもない。それに幸を泣かせることは俺が許さない」
この人の言う事が正しいのは分かる。
確かに職場に連絡するのは大切だ。だけどそのせいで俺が死んだ場合、連絡しないでその日だけ困るのと違い、それからずっと今までいたはずの一人が消えたままになる。
それに幸を悲しませる事になるのも事実だ。
「お前が送ってきた写真な、幸に見られたんだよ」
「なんで見せた」
「幸もお前と入り一緒だろ。だから俺が送られてきた写真見てたら後ろから覗かれた」
「注意力散漫が」
「そもそも送ってくるんじゃねぇよ。俺はお前の言葉だけで信じてたんだから」
それは分かっている。
なんだかんだ言ってもこの人は俺を信用してくれているから。理由は知らないけど。
「それは悪いとは思ってるよ。……幸は泣いてた?」
「悲しさよりも驚きが勝ってたみたいで泣いてはなかった。少なくとも俺の前では」
「そっか……」
多分だが、俺は幸を泣かした。
幸はそんな素振り見せなかったが、この人がその話を出したという事はそういうことだ。
「責任取って幸のこと幸せにするか?」
「あんたそれ自分で駄目だって散々言ってるだろ」
「お前の反応が適当だからだよ。幸を大切にするなら俺は認める」
一体何目線で話しているのだろうか。
この人は幸の事を大切に思いすぎている。
別にそれが駄目だと言ってる訳ではないけど、なんでそこまで幸を大切にするのか、理由が分からない。
「せめて幸が高校卒業したら考えなくもない。って前の俺なら思ってた」
「幸から聞いたよ……。君が矢島 胡桃さんだよね? 俺は上野
上野さんは胡桃に視線を送りながら椅子に座る。
「えっと、はい。私が矢島 胡桃です」
「相手と話す時は顔を見せるのが礼儀じゃないの?」
「そ、それは……」
「やめろ」
これが冗談なのは分かってはいる。
だけどそれでも胡桃を困らせるのは俺が許さない。
「睨むなよ。見せられない理由があるのは幸から聞いてるから。一応見れるか言ってみただけ」
「だとしてもそれ以上余計な事をするなら近くで待機してる警察呼ぶからな」
名前は忘れたが、どうせあの警官は俺の病室を監視している。
どうせなら使わないと税金の無駄遣いになるから、いざとなったら利用する。
「ほんとに見てるだけだから税金の無駄遣いだな」
「なんで監視付き?」
「俺が言う事聞かないから」
「ここでも問題児なのか」
「他で俺がいつ問題起こしたよ」
「まず、幸に惚れたバイトを恐喝……はいい事だな。幸に汚い視線を送ったバイトを恫喝……もいい事か。後は……」
上野さんが俺のある訳ない問題行動を思い出そうと頭を捻り出した。
「……お前幸の事大好きすぎだろ」
「俺は大切に思ってる相手が嫌な思いをするのが嫌なんだよ」
「大切なら付き合えば良かっただろ」
「俺に幸はもったいないんだよ」
幸ならもっといい相手を見つけられる。
俺みたいに就職から逃げて、フリーターをやっている俺なんかよりもいい相手が。
「それを本心で言って、しかも幸の為に言ってるのが分かるくらいには付き合ってるけど、やっぱりお前は最低だよな」
「分かってる。だから俺が幸に胸を張れる人間になったら俺の方から告白するのだって考えてた。だけど……」
その前に『好き』に出会ってしまった。
「俺はどこまで行っても幸の味方だから酷い言い方するぞ」
「言いようによってはキレるからいいよ」
「幸から聞いたけど、矢島さんに助けてもらって出会って、顔がタイプだったから告白したんだよな? だけど本当に幸よりも可愛いのか? 叔父の贔屓目抜きにしても、幸はそんじょそこらの女に負けはしないぞ?」
上野さんの言う通りだ。
幸だって学校一の美少女と言われても納得がいくレベルで可愛い。
だからその幸からの告白をなあなあにしている俺が、一目惚れで好きになったなんていうのは要するに幸よりも顔面偏差値が高いということになる。
「あの……」
俺がどう返事しようか、拳を出そうか悩んでいたら、胡桃が顔を見えない程度に上げて上野さんを見る。
「なに?」
「多分なんですけど、万里さんは幸さんよりも私を可愛いって思ったのではないと思います」
「と言うと?」
「えっと、吊り橋効果って言えば分かります? 説明が下手で」
言いたい事は分かる。
確かに俺は胡桃に刺されて、普段とは違う気持ちになっていた。
それで胡桃の顔を見てその気持ちを好意と勘違いしたと胡桃は言いたいのだ。
傍から見たらそう見えてもおかしくはない。
「吊り橋効果ね。言いたい事は分かるよ。だけどこいつはそんな事じゃ揺るがないから」
「俺をなんだと思ってる。俺は高所恐怖症だから案外効果あるかもだろ」
「絶対にない。状況も違うし。てか聞いといてあれだけど、万里が矢島さんを好きになった理由はなんとなく分かってるんだよ」
「え?」
胡桃が驚いた顔をするが、俺も気になる。
人を好きになったのは初めてだから、理由や根拠なんかは自分でも分かっていない。
顔がタイプなのは確かだけど。
「確かに顔がタイプなのかもしれない。だけど幸はタイプとか関係ない可愛さだ。じゃあ幸と矢島さんで何が違うか。それは単純に歳を知ってたかどうかだろ?」
「それはそうだけど、知った上で今も好きだけど?」
「それは『好き』を理解したからだ。今までは幸を高校生として見てたから、好きではあるけど、異性としてまでは行かないようにブレーキをかけてたんだと思う」
俺の事なのに言われて納得してしまう。
「つまりは出会いが違ったのが理由だと思うんだよ。万里が矢島さんを最初から高校生だと思ってたら告白はしてなかったろ?」
「……」
俺は胡桃を見つめて考えてみる。
もしもあの時胡桃が制服を着ていて、高校生だと分かっていたら……。
「たらればすぎて想像つかない」
「まぁ俺も万里の考えなんて想像つかないんだけどな」
「なんなんだよ」
「お前の思考って普通の人と違いすぎるから」
失礼すぎる物言いだが、胡桃が首を縦に振ってものすごく同意するので何も言えない。
「そういえば、ずっと気になってたことがあるんですけどいいですか?」
「いいよ。幸が初めて俺の名前を呼んだのは──」
「胡桃を困らすなっての。黙って聞け」
俺が言うと、上野さんは残念そうにため息をつく。
「それです。万里さんが刺された時に電話してたのって上野さんなんですよね?」
「そうだよ」
「あの時万里さん敬語でしたよね?」
「あぁ、それね」
「万里ってね、オンオフの差が激しいんだよ。今は友達……、俺らの関係って謎だから説明に困るな」
「少なくとも友達ではない」
俺と上野さんは上司と部下。だけどそれは仕事中の話で、外に出たらどういう関係なのか謎だ。
俺からしたら幸という同じバイトの叔父。だけど一般的な関係とはかけ離れている。
「説明めんどくさいからいいや。とにかく万里は仕事中は俺が店長で上司だから敬語なんだよ。だから刺された時のバイトを休む連絡は敬語だった訳」
「そういうことですか。万里さんはやっぱり真面目さんなんですね」
「そう、真面目過ぎて呆れるよ」
胡桃はいい意味で言ってるのだろうけど、上野さんが馬鹿にしてるのは分かる。
言いたい事は分かるけど。
「それよりいつまで居るつもり?」
「早く二人っきりにしろって?」
「そうだけど?」
「俺を追い出したくて言ってるのは分かるけど、矢島さんを照れさせてどうすんだよ」
そう言われて胡桃を見ると、俯いて手をもじもじさせていた。
「可愛いでしょ?」
「可愛いけど。てか俺はまだ帰らないから」
「何する気だよ」
「あの万里が一目惚れする相手だぞ? どんな人か気になるじゃん」
もう散々話したから帰って欲しい。
せっかくギリギリシリアスで終わりそうだったのだから。
まぁ楽しそうな上野さんを止められるとは思わないから俺がフォローしながら話させるしかないのだけど。
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