第7話 あの人について
「高校生に一目惚れした万里さーん、ピチピチの高校生の私がお世話しに来たよー」
「なんかごめんなさい……」
静かだった病室に学校終わりとは別の理由でとても楽しそうな幸と、その幸を迎えに行ったとても申し訳なさそうな胡桃がやって来た。
「幸、胡桃を困らせるな」
「私が困らせたいのは万里さんだよ?」
「結果的に困ってるのは胡桃だろ。というか俺のことも困らせるのやめろ」
昨日、胡桃が高校生だと聞いてから幸にはいじられている。
それは仕方のないことだからいいとしても、胡桃に迷惑がかかるのは見過ごせない。
「幸、胡桃を困らせるなら俺も相応の対処をするぞ」
「何するの? 胡桃ちゃんと既成事実を作って私を一人にする? 私は気にしないよ?」
「幸の叔父さんと密会する」
「卑怯な!」
あの人は基本おかしい人だけど、幸の行動決定権を持っている。
あの人が一言「万里への接触禁止」と言えば、幸は俺に近づくことが出来なくなるらしい。
何故かは知らないけど。
「そもそも私は胡桃ちゃんを困らせてないもん」
「いじめって、いじめてる本人は気づかないものなんだよ」
「それは知ってるけど、一番無意識に困らせてる万里さんだけには言われたくない」
それを言われるとぐうの音も出ない。
俺が胡桃を困らせてるのは事実で、それをやめる気はない。
「それはそれとして、幸はちゃんと胡桃にうちのこと教えられたのか?」
「強引に話逸らしたね。まぁみっちり教えこみましたよ。万里さんのエッチな本の隠し場所まで」
そんな場所は俺の知る限り無いはずだが、胡桃が急にソワソワしだしたのを見ると、本当にあるのかもしれない。
「あったの?」
「あったよ。まさか万里さんに年下を監禁する趣味があったなんて」
幸はそう言ってから「私の事も狙ってた?」と何故か嬉しそうに言う。
「ば、万里さんが私をお家に置いてくれるのって……」
「幸、俺も怒るからな?」
大抵の事はスルーするが、あらぬ疑いで胡桃に変な事を植え付けるのならたとえ幸だろうと怒る。
まぁ十中八九原因は幸では無く、あいつなのだけど。
「叔父さんは万里さんを困らせるの大好きだから。正確には困らせたいだけど」
「やっぱあの人退院したらどうにかするか」
あの人の悪ふざけは今に始まった事ではないけど、やる事がだんだんめんどくさくなってきてうざい。
今までは全スルー出来たけど、胡桃に誤解されるならやり返しが必要になる。
「まずはあの人の大切な相手に手を出すか」
「大丈夫? 叔父さん自業自得でも、そんな事されたら本気でキレるよ?」
「俺も大切な人に迷惑かけられてんだからあの人も相応の報いは受けるべきだろ」
たとえそれでキレられたとしても、俺だってキレ返す。
一度本気でやり合わないとあの人は分からないのだ。
「万里さん。自分がやられたからって、その相手に同じ事をして仕返しするのは駄目ですよ」
胡桃が真剣な表情で俺に言う。
「その通りだけど、あの人はそれだけの事を俺にしてるんだよ」
「それでも──」
「胡桃ちゃん、お耳を拝借しても?」
「え? はい」
胡桃からの承諾を得て、幸は胡桃の隣に向かい何かを耳打ちした。
おそらくあの人が俺にやった数々の最低な行為だろう。
挙げればキリがないが、俺の部屋に幸を使ってエロ本を置くのはまだいい。
一番酷かったので、何も分からない幸に『とあるゴム製のもの』を運ばせた事だ。
その時はさすがにやり返して、それをそのままあの人の鞄の見えるところに差し込んだ。
あの人は幸に手を出すなと言っておいてそんな事をするからめんどくさい。
色々と問題になりかけたが、幸が「いつものです」と言って全員納得した。
俺とあの人は『よく喧嘩している』と思われているらしい。
「はむ」
「ひゃい!」
耳打ちを終わらせた幸が胡桃の耳をフード越しに食べた。
「何してんだよ」
「そこに可愛い耳があったから。でも分かったでしょ? 叔父さんは万里さんをいじめる悪い人なの」
「確かに万里さんがやり返すだけの事をされてますけど、幸さんも悪くないですか?」
「私は渡されたものを万里さんに渡してるだけだもん」
「でもそれのせいで万里さんが困るのは分かってるんですよね?」
胡桃がそう言うと幸がそっぽを向いて無視する。
「幸も分からないで密輸してるのもあるから、幸は二ぐらいかな」
「そんなに!? 私は叔父さんに言われるがまま仕方なく置いてるんだよ?」
「分かって置いてる時もあるんだから仕方ないな」
少なくとも今家にあるというエロ本は分かってて隠しているのだろうし。
「私悪くないもん。そういえば叔父さん明日来るって」
「は?」
「分かってたけど嫌そう。一応知り合いで上司でもあるんだからお見舞いに来るのは普通でしょ?」
その通りだ。その通りではあるが、来て欲しくはない。
「あの人を胡桃に会わせるって事だろ?」
「胡桃ちゃんってここに居ていい時間はずっと居るんだもんね」
胡桃は面談可能な時間は基本ずっと俺の隣に居る。
今日だって幸が来るまでの時間はずっと俺と話していた。
そうすればあの警官は来ないし。
「あの人だって暇じゃないんだから来なくていいよ」
「暇な時間を作ったんだよ。千羽鶴も作ろうとしてたよ」
「お見舞いで貰って一番困るものを」
千羽鶴は送る側は気持ちを送れていい気分なのだろうけど、貰う側はそれこそ気持ちだけしか貰えず、人によっては嬉しいのかもしれないけど、捨てるのもめんどうでただ置き場所に困るものが増えるだけになる。
そしてあの人の事だからそれを全て理解した上でその提案をしている。
「うん。万里さんならそう言うだろうってみんなで止めた」
「ありがたい。その調子であの人にどんどん言ってけばいいんだよ」
「一応あの人トップだからね」
幸の叔父さんは俺や幸のバイト先の店長に当たる。
だから他の人達はあの人に強く言えないが、俺なんかは喧嘩だってするし、他の人が言えない事も難なく言う。
「万里さんが何でも言ってくれるからみんな感謝してるんだよね」
「あの人も俺以外には悪い人じゃないんだけど、一応上司だからみんな何も言えないんだよな」
店長だからバイトの扱いが雑とかはないが、それでも言いたい事が無い訳ではない。
それを俺は何も隠さずに伝えるが、他の人は何も言えないでいる。
俺はそれを俺が言ってる事にして伝えている。
「別に言えばいいんだけどな。反論したからクビなんて言わないんだから」
「仕事のやる気が無い人は躊躇いなくクビにするけどね」
「それは当たり前。むしろそんなの残しといたら周りの反感買う」
仕事を覚えたけど適当にやる奴と、覚えは悪いけど覚えようと努力して真面目にやる奴なら後者を育てるのは当たり前だ。
前者はそれ以上の見込みは無いけど、後者はやる気さえあればこちらの教え方次第でどんどん成長する。
「出来る奴とやれる奴は違うからな」
「万里さんは出来てやれるタイプだけどね」
「幸もだろうが。いや、幸はやれるけど出来ないフリをするタイプか」
幸は教えられるのが上手い。
二つのやり方がある時にもう片方のやり方でやってる人の前で違う方を敢えてやって、別の方法を進められるのを誘導する。
俺ならいちいち変えるのがめんどうだから最初に聞いたものを続ける。
幸は色んな事を聞いて自分なりに構築していくタイプで、俺は勝手に自分のやり方を作ってそれだけをするタイプ。
「俺と幸って真逆なんだよな」
「万里さんがおかしいの。万里さんって視野が広すぎて自分が仕事中なのに全体見てるんだもん」
「仕方ないだろ。一つのミスは全部俺のせいになるんだから」
うちの店長はド畜生だから、誰かのミスは全部俺のミスにする。
俺が見てなかったからと。
責任を重く取らせないようになんだろうけど、それはそれで責任を感じそうではある。
「でも実際、万里さんの居る日はミス無いよね」
「ミスをする人ってのは決まってるから、ミスしそうな人をミスするであろうタイミングだけ見てればいいんだよ」
「それが出来ないの。万里さんは変人だから出来るけど」
とてつもない罵倒だが、まぁ自覚があるから甘んじて受け止める。
「とにかく伝えたからね。叔父さんの相手頑張って、胡桃ちゃん」
「え、私ですか?」
「うん、びっくりするだろうから」
幸が初めてここに来る時も胡桃にそんな事を言った気がする。
あの人は幸の父親の弟らしい。
叔父と姪だから一応血の繋がりはあると言えなくもないので似てるのかもしれない。
そんなこんなで、明日の事を思うと憂鬱だが、諦めて残りの今日を楽しむ事にする。
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