第6話 重大なことを知りました
「ただいまー、私にする? それとも私にする? やっぱりわ・た・し?」
「矢島さん、幸に変なことされてない?」
戻って来るなり、いつも通り変なことを言い出した幸を無視して、幸の後ろで俯いている矢島さんに声をかける。
「だ、大丈夫ですよ。幸さんはいい方ですから」
「それは知ってるけど、幸って想像の斜め上なことをするのが好きだから」
幸の行動は俺ごときでは理解が出来ない。
いきなり俺の家に来たいと言い出して、俺の部屋に来ると早々にエロ本探しをしだしたりするし、オレの布団に潜り込んで枕の匂いを嗅んだりしていた。
「私を変人みたいに言わないでよ。万里さんだって、私みたいな可愛い子と同じ部屋に居るのに襲わないじゃん」
「男って普通そんなことするの? それなら俺は男だって思われない方がいい」
幸の言い方から、幸と同じ部屋に居るからではなく、可愛い子と一緒に居るからと言うことは、男はとりあえず可愛い子が一緒の部屋に居たら襲うということになる。
それが男の普通なら、俺はおかしくていい。
「万里さんが女の子に……」
幸が虚空を見つめて何かを考え出す。
そして幸と同じく、矢島さんまでもが虚空を見つめて何かを考え出した。
「変な妄想やめろ。さりげなく矢島さんもするな」
「すいません、つい」
「今度お化粧しよ」
「しないから。それよりこれからのことをちゃんと話そう」
「結婚式の日程とか?」
「真面目な話」
「はーい」
幸は基本ふざけているが聞き分けはいい。
真面目な話の時は真面目になる。
「じゃあ万里さんのお世話だよね? それは胡桃ちゃんに任せるね」
「はい。幸さんは学校とバイトがありますもんね」
「夜のお世話は私にお任せ」
訂正、真面目な時も真面目ではなかった。
「家に帰れ。それに幸には幸の仕事があるだろ?」
「万里さんのお部屋掃除という名にかこつけた小姑ごっこ?」
「掃除はありがたいけど、矢島さんに……、二人はいつの間にか名前呼びになったんだ」
「今更?」
確かに帰って来てから二人は名前呼びに変わっていた。
気づいてなかった訳ではないけど、そんなに気にしてなかった。
「ていうか、万里さんが変なんだよ。結婚を申し込むぐらいに好きなのに名字で呼んでるなんて」
「なんか恥ずかしくない?」
「乙女か! やっぱり退院したら女の子になろ。私の服貸してあげるから」
それは色々とまずいことになる。
世間体的にアウトなのは当然として、もしも幸の叔父さん、あれに見られでもしたら俺は一生引きこもるかもしれない。
「ヘタレな万里さんの為に胡桃ちゃんから呼んであげて」
「私ですか? えっと……、万里さん」
矢島さんが俺の名前を呼ぶと、頬を赤くして顔を逸らした。
実際はフードで顔が見えないからそんな感じがするだけだけど。
「ほら、女の子に恥ずかしい思いさせといて自分は何もしないの? ヘタレもそこまでくると呆れられちゃうよ」
幸の言う通りだが「私に手も出さないし」と余計な一言があるせいで台無しだ。
「えっと、胡桃さん」
「お見合いか! 万里さんは呼び捨て!」
「く、胡桃?」
「はてなを付けない。私がどれだけ女として見られてなかったかが分かったよ……」
幸がいじけて俺の指をいじり出したけど、仕方ないのだ。
俺が矢島さ……、胡桃を好きなのは当然として、幸は自分からグイグイ来るからそれに対応すればいいだけで楽だった。
だけど胡桃は俺から行かないと、何も起こらない。
「幸がどれだけすごいことをしてたのかがやっと分かったよ」
「そうだよ。好きな相手に振り向いてもらうのは大変なんだからね? しかも私の場合は、意味の分からない理由で断られてるし」
高校生と付き合えないというのは大切なことだ。
(まぁ確かに言い訳なところはあるけど)
「意味の分からない理由と言えば」
幸がそう言って俺に真顔を向けてくる。
この顔の時は俺に不利益なことを話す時の顔だ。
「万里さんは、私が高校生だから付き合えないんだよね?」
「そうだな、もしも同級生だったら俺の方から告白してたかもしれない」
「そういう嘘を言っても私は止まらないから」
半分は嘘ではないけど、確かに俺から告白なんてしないだろう。
だけどこの先は聞いたらいけない気がしたから幸を止めたい。
「幸、やめよう。きっとその先を俺が聞いたら駄目なんだろ?」
「そうだねぇ、でも仕方ないよ。私を選んでくれなかったんだから」
幸が器用に目のハイライトを消して、メンヘラチックに言う。
「幸ちゃんは怒ってるんですよ。私をキープしてるくせに、他の女の子を好きになったとか言って」
「キープではない。意味の分からない理由を使ってる自覚はある。だから幸が他の男を好きになっても俺は何も言わない。というか言えない」
それで幸が離れるのは寂しいけど、そんなことを俺に言う資格はない。
俺には幸と付き合った先で、幸を幸せに出来る自信がまだないのだから。
「私が諦めないの知ってるくせに。だからこれは私からのいじわるだもん」
「……そう言われたら聞くしかないじゃん」
幸に対して最低なことをしてる自覚はある。
だからそれに対して幸が文句を言いたいと言うなら、俺は全て受け止める。
「じゃあいい事を教えてあげよう。なんとなんと、胡桃ちゃんと私は同級生なのでした」
「そんな気はしてた……」
幸の言い回しで気づいただけだから、俺が告白した時は本当に気づいていなかった。
だけどそれは悪いことだけではない気がする。
「万里さん、高校生だからって私の告白断ってたけど、その私と同い年の子に結婚を申し込んだのはどういうことかな?」
「幸、恋は時に人の価値観を変えるものだ」
「つまり万里さんは高校生と付き合えるってことだね?」
「……いや、胡桃が高校生なら卒業まで付き合うとかはしないで、アプローチだけするけど」
やはりどうしても高校生と付き合うことは出来ない。
「頑なだなぁ。でもそれなら私にも可能性はあるってことだよね?」
「胡桃にフラれたとしても、幸の告白を受けることはないと思うけど」
「なんで?」
「俺は幸をキープしてる訳じゃない。だから俺が幸と付き合う時は、俺から告白して、幸がそれを許してくれた時だよ」
幸からの告白を散々なあなあにしてきて、自分がフラれたら幸の告白を受けるなんて都合が良すぎる。
「実際のところは、私フラれてないんだけどね真面目すぎる万里さんが、私のことを考えすぎてるってだけで」
「幸を困らせたくはないから。結果的に困らせてるんだろうけど」
「そうでもないけどね。万里さんは気まずくならないで普通に接してくれるから」
「幸と話すのは楽しいからな。そんなことを思えたのは幸が初めてなんだよ」
人と話すことが苦痛でしかなかったはずの俺が、幸とは楽しく話せた。
そんな相手を大切にしない理由がない。
「万里さんはそういうことを平然言うから駄目なんだよ」
「謎のダメ出し」
「万里さんの浮気者ー。胡桃ちゃんが嫉妬してるぞー」
そう言われて胡桃の方を見ると、顔を逸らされた。
「やっぱり私のことが好きっていうのは嘘なんですね」
「拗ねるな、可愛いから」
俺がそう言うと、胡桃は両手で顔を隠すようにして丸くなる。
「チョロいな。そんなんじゃ万里さんの無意識攻撃に耐えられないよ」
「頑張ります。……頑張ります」
何故か二回言った後にため息をつかれたが、それはいい。
胡桃が高校生なのには驚いたけど、それはいい事なのかもしれない。
要は胡桃が未成年だということなのだから。
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