第5話 事情聴取を受けたのだが……
「あ、そうだ」
「どした?」
俺の腕に抱きついていた幸が何かを思い出したようで、腕から離れる。
そしてずっと背負っていたリュックを漁り出した。
「とりあえず頼まれたお着替えは持ってきたけど、叔父さんからも『お見舞い』渡されてたの」
「嫌な予感しかしないから出さなくていい」
あの人からの贈りものなんて絶対にろくなものではない。
「私も中身は見てないんだけど、一応渡しておくね」
「いらな……、ほんとにいらないものがきたよ……」
幸から両手サイズで薄くて四角いものが包まれたものを渡される。
たとえるなら『薄い本』のようなものを。
「それなんなの?」
「幸って実は純粋無垢なんだよな」
「馬鹿にしてるでしょ」
俺の部屋に来て一番にエロ本を探していた幸だけど、実際はそういうものを見ると顔を赤くするタイプだ。
前にこの薄い本(未定)を渡してきた愚か者に渡された薄い本の表紙を見て顔を真っ赤にしていた。
「あ、それってそういうやつですか……」
「矢島さんはわかる人なんだ。言っとくけど俺の趣味とかじゃないからね? 貰ったからには読むけど、別に好きな訳でもないから」
「えっと、いいと思いますよ。男の人は色々あるでしょうし」
なんだか勘違いされている気がするけど、これ以上言っても言い訳にしかならないからやめる。
「開けていい?」
「やめとけ、後悔するから」
「でも叔父さんが『とりあえず万里だけでも見ろ』って言ってたよ?」
「断る」
「断ったら私が見ていいって言われたよ」
幸はそう言って楽しそうに手を差し出してきた。
「それはそれで見たいけど、俺が見る」
幸の恥ずかしがる姿は見てて可愛らしいから好きだけど、その日は気まずくなって幸が話せなくなる。
それは嫌なので仕方なく愚か者の言う事を聞くことにした。
俺は包みを綺麗に開けていく。
そして中には……。
「幸、お前の叔父さんをシバいていいかな?」
「いいけど、何が入ってたの?」
「絵本」
包みの中には絵本と紙が入っていた。
紙には『エロ本だと思った? むっつりめ。入院生活で悶々とするだろうけど、幸に手を出すなよ? 少なくとも幸が成人になるまでは』と書いてあったので、丸めて捨てた。
「ほんとに絵本だ。でもなんで絵本?」
「あの人の頭がおかしいから。幸いる?」
「いいの?」
「俺が絵本を読むように見える?」
俺みたいな奴が病院のベッドの上で絵本なんて読んでいたら看護師さん達に変な噂を立てられる。
「じゃあ貰う。万里さんに読み聞かせしようか?」
「いいから。それよか幸に頼みがあった」
「なに? 付き合って欲しいの? 仕方ないなぁ」
「俺の家に自由に出入りしていいから、矢島さんにうちのこと色々教えてあげて」
「万里さんは酷なことを頼むね」
「だって俺は帰れないし、それなら幸しか頼める相手いないから」
両親がいなくなって、うちのことを知っているのは俺と幸だけになった。
矢島さんが家に帰りたくないのならうちに居ればいいけど、何をどうしたらいいのかを教える必要がある。
今それが出来るのが幸しかいない。
「もちろん無理にとは言わないよ。俺の都合だし」
「それを言うなら私の都合です。やっぱり私が家に帰れば……」
矢島さんはそこまで言って顔を伏せる。
それだけで家庭環境に何かあるのが察せられる。
「万里さんは私以外に頼めないから頼んでるの?」
「そうだな。俺にとって手放しに信用出来るの幸だけだし」
矢島さんのことも信用したいけど、さすがにまだ全てを信じることは出来ない。
例えば俺を殺そうとした理由とか。
「万里さんってそういうところあるよね。まぁいいよ、私が信頼っていう部分では一歩リードしてるのは気分いいし」
「ありがとう、退院したら何か埋め合わせする」
「じゃあ万里さんのお家にお泊まりする」
「別にいいけど、親の承諾は取れよ?」
「そこは既成事実を作って後戻り出来なくなってからでも」
幸が「ね♪」と言ってウインクをしてくるが、それは俺が社会的に死ぬ。
まじで本当にやめて欲しい。
「そういえば埋め合わせってもう一つあるよね?」
「あるけど、無理難題はやめてくれよ?」
「大丈夫、ちょっと矢島さんとお話したい」
「それは俺に言うことか?」
目の前に矢島さんがいるのだから本人に聞けばいいことだ。
「二人っきりでだから万里さんが嫉妬しちゃうかなって」
「それなら家に帰ってからでも出来るだろ」
「そうなんだけどね。駄目?」
なんとなくだけど、これは断ってはいけない気がする。
もちろん矢島さん次第だけど。
「矢島さんはいい?」
「はい。多分大切なお話ですよね」
「そんな身構えなくていいよ。万里さんのお嫁さんに私よりふさわしいかのテストみたいなものだから」
これは建前だ。
何を話す気なのかまではわからないけど、俺には聞かせられない何かがあるらしい。
それが女子だけでしか話せない内容ならいいのだけど。
「じゃあちょっとお話してくるね」
「行ってら。ちなみに幸はこの後バイトあるの?」
「今日も手につかないだろうからって休みになった。だから一日一緒だよ」
「そっか、なら二人の帰りを待ってる」
矢島さんと話して即帰宅はさすがに寂しい。
幸と居ると心が落ち着くのは事実だから。
そこは長年、と言うほどでもないけど、矢島さんと比べたら長い時間を一緒に居るからなのだろうけど。
「じゃね」
「行ってきます」
「うん」
元気に手を振る幸と、丁寧にお辞儀をする矢島さんを見送ってから力を抜いてベッドに沈む。
「楽しい時間は終わりか」
幸と矢島さんが病室を出て行って少しすると、病室の扉が開く音がした。
「いいですか?」
「良くなくても居座りますよね?」
入ってきたのは昨日の警察官。
名前は確か
おそらくずっと二人が出て行くのを待っていたのだろう。
正確には矢島さんが出て行くのを。
「やっぱり印象悪いですか?」
「まぁそうですね」
この人かはわからないけど、少なくとも警察官の誰かが矢島さんを傷つけた。
慣れているとは言っても、顔を見られて嫌悪感を出されたら女の子は傷つく。
「言い訳にしか聞こえないでしょうけど、私ではないです。その者は叱っておきましたのでどうか話すだけは許してもらえないでしょうか」
見た目は二十代前半ぐらいにしか見えないのに、それなりに役職は高いのかもしれない。
そんなのはどうでもいいけど。
「変に謝罪しないところは好感が持てますけど」
「謝罪なんて結局口だけですからね。なんとなくあなたは謝罪よりも事実だけを求める人な気がしたので」
確かに誠意のない謝罪を受けたところで興味は無い。
むしろ腹が立つ。
それなら何もされないか、それこそ真実を話されるだけでいい。
そうしたら何も思わずにそこで終われるから。
「そもそも謝罪は俺じゃなくて矢島さんにするべきでしょ」
「それはもちろんしましたよ。だけどあなたはそんな薄っぺらい謝罪を欲しがる人ではないでしょうから、矢島さんを傷つけた者は罰を受けたことをお伝えしたまでです」
「あっそ。それで要件はなんですか? せっかく矢島さんがいなくなるのを待ってたのに、意味が無くなりますよ?」
「さすがにバレてますよね。あなたの言う通り時間がないので単刀直入に聞きます」
星崎さんは俺の耳元に顔を近づけてからこう聞いてきた
「あなたを刺したのは矢島さんではないですか?」
それを聞かれた俺は星崎さんを睨む。
「それが怒りなのか図星なのかわからないですけど、本当に知らないのなら駅前とかの人通りの多いところで土下座でもなんでもあなたの望むことをします。でも、もし庇うようなことをしているのなら……」
星崎さんの目がその言葉の先を物語っている。
とても冷たい、冷酷な目。
犯罪者を
「表情が一切揺るがないですね。すいません、私達は疑うのが仕事なもので」
「別にいいですよ。あなたは正しいことをしてるんだから」
あの状況で矢島さんが疑われるのは当然だ。
事実俺を刺したのは矢島さんなのだから、俺のやってることは犯人隠匿罪になる。
「話のわかる人で助かります。これからも不快になるようなことを聞くと思いますけど、どうか犯人逮捕にご協力を」
俺はそれに無言で返す。
それで納得した星崎さんは「それでは」と言って病室を後にした。
それから幸と矢島さんが帰ってくるまでの間に色々と調べた。
俺と矢島さんが助かる方法を。
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