第4話 三角関係始まりました

「弁明を聞こうか」


「話した通りで、幸に散々言っといて俺も一目惚れをしたんだよ」


 現在俺は、幸から尋問を受けている。


 幸から責められるのは当然のことだからそれを責める気はないので、甘んじて受け入れる。


「じゃあ私が万里さんに一目惚れしたのも信じてくれるね?」


「一目惚れが存在することは信じた。だけど幸が本当に俺に一目惚れしたかはわからないだろ?」


「だから信用出来ないならキスでもそれ以上のことでも何でもするって言ってるじゃん!」


 幸はこうしていつも想いを俺にぶつけてくれる。


 正直に言って幸のような可愛い子に好意を持たれるのは嬉しい。


 だけどだからといって幸と付き合えるかと言えば違う。


「さすがに高校生とは付き合えないって言ってるだろ?」


 俺が幸の好意を受け取れない一番の理由はそれだ。


 二十歳はたちの俺が高校一年生の幸と付き合うのは世間体的に大丈夫なのかと考えてしまう。


 別に俺はどう思われようと興味はないが、大学にも行かず、就職もしてない俺と付き合ってるなんて、幸が周りからなんて言われるか容易に想像がつく。


「万里さんが私のことを考え言ってるのは知ってるよ? だけど好きになるのに年齢は関係ないじゃん」


「年齢とかじゃないんだよ。俺と幸って年齢差が四歳だから」


 四歳差で付き合ったり、結婚している人なんてざらにいる。


「要はさ、二十歳フリーターと高校生が付き合うのが駄目だって言ってるの」


「そんなこと言うならJKの称号捨てるよ?」


「そんなことしたら……困るな」


 幸がもし本当に高校を辞めたら俺には責任を取る義務がある。


 幸は言ったらやる子だから説得を頑張らねばいけない。


「幸が高校辞めるなら俺はバイトを辞めるから」


「え……」


 幸が驚いた顔をするが当たり前だ。


 もしも幸が学校を辞めるのなら付き合うどうこうは置いといて、養う義務がある。


 それにはバイトでは足りない。


「じゃあ辞めない。でもそれなら私が卒業するまで待っててくれてもいいじゃん……」


「幸、『好き』はいつどこで来るかわからないんだよ」


「それはわかるけど……」


 俺だって幸が本気なのがわかればちゃんとするつもりだった。


 就活をして、収入を安定させて、幸が卒業したら俺から告白。


 俺だって幸が好きじゃない訳ではない。


 ただどうしても相手の気持ちがわからないから、好意を素直に受け取れないだけで。


 だけどそれを全てすっ飛ばして矢島さんを好きになってしまったのだ。


「じゃあ紹介して。よく考えたらまだ万里さんの片思い状態だもんね」


「そうだな。今はまさに俺と幸の立場が逆転してる状態だから」


 俺が矢島さんに好きと言って、矢島さんはそれを信用出来ていない。


「私の気持ちがわかった?」


「信用されないのは辛いけど、信用させたいって気持ちが強いかな」


「それね」


 矢島さんの気持ちもわかる。


 幸が嘘をついているとは思わないけど、それでも相手の言葉を全面的に信じることが出来ない。


 99パーセント信じられても、残りの1パーセントで「もしも裏切られたら」というのが頭をよぎる。


 それがある以上、人の好意を信じることが出来ない。


 だから矢島さんが俺を信用出来ないことを責めることは出来ない。


「まぁ幸の気持ちはわかったから今度何か埋め合わせはするとして。紹介しよう、このてん……、この人は矢島 胡桃さん。俺の命の恩人」


 思わず天使と言ってしまいそうになったが、これ以上爆弾を投下するのは避けられて良かった。


 幸からジト目を向けられているが気のせいだ。


「幸のことは幸が謝ってる時に話したからいいよね?」


 矢島さんが頷いて答える。


「ご紹介に預かりました、矢島 胡桃です。命の恩人なんて言われましたけど、私は人に感謝かれるような人間ではありませんので、どうか過大評価はしないでください」


 矢島さんはそう幸に言って頭を下げる。


「でも矢島さんがいなければ俺は多分死んでたよ?」


「それは……」


 矢島さんの言いたいことはわかる。


 矢島さんがいなければそもそも俺は刺されていない。


 だけどそれはもう終わった話で、矢島さんが救急車を呼んでいなければ俺は死んでいたことの方が重要だ。


「助けられたから好きになったってこと? 吊り橋効果みたいな」


「違う。助けられなくても俺は矢島さんを好きになってた」


 俺は最低だとは思うけど、矢島さんの顔がタイプだったから好きになった。


 だからたとえどんな出会いだとしても矢島さんを好きになっていたはずだ。


「万里さんは細身の守ってあげたい系女子が好きってこと?」


「普通に顔だけど?」


「つまり私は万里さん好みじゃないブサイクってことか……」


「は?」


 幸が意味のわからないことを言うものだから、ついキレ気味に声が出てしまった。


「幸は可愛いから。そもそも俺は幸が嫌いなんて言ったことないだろ」


「じゃあ好きなの?」


「そうじゃなかったら俺は幸と話さないし、家になんて絶対に入れないから」


 幸のことはもちろん好きだ。


 だけどこの好きはまだ友達の域を出ない。


「ふ、ふーん。ま、まぁ今更そんな風に取り繕ったって遅いけどね。……にゃぁ」


 多分意味を取り違えているのだろうけど、顔を真っ赤にしてニマニマしてる幸がとても可愛いからそのまま放置する。


 可愛い幸を放置して、矢島さんの方に視線を向けると、矢島さんが真剣な表情になっていた。


「……」


「矢島さん?」


「あ、えと、上野さんが可愛くて見惚れてしまって」


「わかるけど、それはつまり……」


(いわゆる三角関係というやつになってしまったのではないだろうか?)


 俺が幸の気持ちを本気かどうかわからないうちは確定ではないけど、幸が俺を、俺が矢島さんを、矢島さんが幸をという構図になった。


 矢島さんが幸を、のところはただ可愛いと思っただけかもしれないが、顔を見られたくない矢島さんが、後少しで顔が見えるぐらいに顔を上げて幸を見ていることからそう思わせる。


「幸、戻ってこい。幸に嫉妬しそう」


「はへ? しっと?」


「それをやめなさい。俺で可愛いって思ってるんだから矢島さんなんか……」


 矢島さんの方を見ると、両手で口元を押さえて顔を伏せ「ひゃわいい」と抑えきれていない声を漏らしている。


「矢島さんどうしたの?」


「幸が可愛すぎて悶えてる」


「ほうほう」


 幸が「いい事聞いた」みたいな顔で俺を見てくる。


 嫌な予感しかしない。


「やーしまさん。お話しましょ」


 幸が上半身をベッドに載せて(俺の足に圧力をかけながら)反対側の矢島さんに腕を伸ばす。


(せめてリュックを下ろせ)


 幸は未だにリュックを背負ったままだ。


 忘れているのか故意なのかはわからないが。


「や、えと、心の準備が」


「じゃあフード取って万里さんが一目惚れしたっていう私より可愛いお顔を見せてください」


 なんだか言い方にトゲがあったが、きっと気のせいだ。


「顔は、その……」


「矢島さんは顔を見られるのが嫌なんだよ」


「つまり万里さんは嫌がる女の子の服を無理やり脱がしたってこと?」


「……半分は合ってるから否定しにくいな」


 服ではなくフードをだが、嫌がる矢島さんのフードを無理やり取ったのは事実だ。


「じゃあ万里さんは攻められるより攻める方が好きってこと?」


「そういうことではないだろ」


 俺は幸も矢島さんもどちらの性格も好きだから、本当に矢島さんの顔が好みだっただけだ。


「ふーん、でもそれならなおさら矢島さんの顔が見たい」


「……駄目です。私は上野さんに嫌われたくないですから」


 さっきまで幸の可愛さに悶えていた矢島さんだが、元気が無くなってしまった。


「幸も大丈夫ってことだけは伝えとく」


「それはわかってるんですけど、それでもやっぱり……」


 幸は矢島さんの顔を見ても絶対に気にしない。


 むしろ俺と似たような反応をするだろう。


 だけどそれとこれとは話が別なのもわかる。


「無理やり見た俺が言うのもあれだけど、矢島さんが大丈夫になるまで待ってあげてくれないか?」


「いいよ。その間に万里さんに無理やり色んなことするから」


 幸はそう言うと立ち上がり、俺の腕に抱きついた。


「それになんの意味が?」


「入院中って男の人は大変なんでしょ? だからお手伝い」


「多分それは逆効果だからやめてあげなさい。ちなみに誰から吹き込まれた?」


「叔父さん」


「だろうな」


 姪になんてくだらないことを教え込むのだろうか。


 今度会ったら文句次いでに物理的説教をしようと決めた。

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