サクラとブロッコリーのつぼみ
藤泉都理
サクラとブロッコリーのつぼみ
昔、サクラは復讐の木でした。
裏切られた女性が火をつけたろうそくを頭に立て、ワラ人形とカナヅチ、クギを持って真夜中に神社に出かけ、一番大きなサクラの幹に人形を打ちつけ、憎い男の命を断ってほしいと願をかけます。
神様にとっても神社一のサクラは大事。
それが傷つけられるくらいなら女の願いを聞こう、ということです。
『花言葉・花贈り』(池田書店より発行)の「サクラ(ソメイヨシノ)」より。
電車の通過時に生じる強風により、旗がはためく。
一回り小さいにも拘らず応援団旗の迫力と遜色ないその旗は、波を立たせながら雄々しくはためき続ける。
この時間帯の電車の通過時間は、およそ十分間。
この旗はその間ずっとはためき続けるのか。
どうでもいい感想を抱きながらも、後ろからその旗を見続ける。
サクラのつぼみ色のその旗を。
喧嘩屋、
頼まれたら誰にでも喧嘩を吹っ掛ける。
包帯をやわく巻き付けては、片眉、片目、鼻、片頬を隠す、年齢性別不詳の人間。
その華奢な体格からは想像できないほどに途轍もなく強いらしく、連戦連勝。
喧嘩に勝ったら、喧嘩を吹っ掛けた人物に深く関係する場所に、ブロッコリーのつぼみの紋章が印された、サクラのつぼみ色の旗を立てていくらしい。
「つーことで。まあ。喧嘩しようか」
「え?何が?何か君、説明した?」
「ああした。どっかで。うん。したな。まあ、説明はいいだろう。自己紹介は済ませたわけだし。始めようか」
人気の少ない大学の裏庭。
とても小さなつぼみがあちらこちらに成っている、ひっそりと一本植えられたサクラの傍らにて。
朔良は飄々とした口調で言った。
今から喧嘩をする相手である、チャラ男の
「あ~~~。もしかして。
文太は巻き毛を人差し指に絡めながら、チャラチャラと言った。
「さあな。私も覚えていない。ただ、おまえに喧嘩をふっかけてボコボコにしてほしいと頼まれて、私も受けた。それだけしか覚えていない」
「そっかじゃあ」
文太は両腕を上げて、にんまりと笑って、降参と言った。
「俺、痛いの嫌だし。先に言っておく。降参。喧嘩しない。他の事で埋め合わせできないかな?」
「ほう。降参。喧嘩しない。他の事で埋め合わせをしたい。って?」
「そうそう」
にっこり、にっこり。
それはそれは素敵な笑顔を向け合ってのち、文太は朔良にぶっ飛ばされたのであった。
「はは。飛んだ飛んだ。はい。終了~。ありがとうございました~」
朔良は地面に倒れた文太へと深く頭を下げてのち、背を向けて歩き出した。
目的地は文太の家。一人暮らししているアパート。
旗を立てに行くのだ。
「はは。痛い痛い。立てねえ~」
文太は地面に倒れたまま、サクラを見上げた。
花が咲いていなくとも、いや、花が咲いていない方が威厳溢れる姿に見えるのは、何故だろう。
自業自得だと言われているように見えるのは、何故だろう。
ただ、大学デビューに失敗しただけだ。
それだけの話ではないか。
(いや。本当は。少しだけ。期待。してたんかなあ)
高校生の時に見た、サクラのつぼみ色の大きな旗。
電車通過時に大きくはためくそれを、楽々と片手で持ち上げ続ける華奢な人間。
朔良だという喧嘩屋だと知ったのは、いつだったか。
別名、復讐屋と呼ばれている事も。
「君に会いたかったから、こんな最低な事をし続けました~。なんちゃって~。会いたいなら依頼すればいいだけだし~」
文太は目を瞑った。
ぽつりと呟いた。
くっそいてえ。
「弟子?取らない。取らない。さようなら」
「あ~~~。じゃあ。下僕でお願いしやす!」
「はは。もっといらない。さようなら」
「え?じゃ。じゃあ!え~。俺と付き合ってください。は、違うなうん。じゃあ。追っかけます。勝手に」
「ああ。それがいい。勝手にしろ。私は何もしない」
「はい!」
文太は満面の笑みを浮かべて、飄々と歩く朔良を追いかけた。
失敗した大学デビューのやり直しだ。
高鳴る気持ちを抱きながら、文太は思った。
ようやく、枝の中にずっと隠れていたつぼみのお出ましだ。
(2024.1.25)
サクラとブロッコリーのつぼみ 藤泉都理 @fujitori
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