三人の正体
「あっ、そうだ────こちらの方々はディラン様のお知り合いのようですが、面識はありますか?」
完全に置いてけぼり状態の三人を手で示し、私は『もしや、ただのファン?』と頭を捻る。
イマイチ関係性を掴めずにいると、ディラン様が彼らを見て固まった。
「えっ?何で……」
泣き腫らした顔に困惑を滲ませ、彼は私の腕を掴む。
と同時に、抱き込んだ。
まるで、『渡さないぞ』とでも言うように。
「か、帰って。グレイス嬢に変なことを吹き込むつもりでしょ……」
「人聞きの悪いことを言うな。私達はただ挨拶していただけだ」
「そうよ!未来のお嫁さんなんだから!」
「まあ、ここで会ったのは完全に偶然だけどね」
『こっちも少し驚いたよ』と肩を竦める若い男性に、ディラン様はムッと眉を顰める。
「だとしても、まずは僕に話を通してよ。殿下と言い、
『順序がおかしい』と非難し、ディラン様は不満を露わにした。
「グレイス嬢には、僕だけ見ていてほしいのに……そうやって周りが関心を引くから、僕の存在感ばかり薄くなる……」
僅かに頬を膨らませて拗ねるディラン様に、三人は『おお……』と声を漏らす。
「これは相当重症だな」
「昔から、人にも物にも執着のなかった子がここまで独占欲を見せるなんてねぇ……」
「ますます、グレイス卿を逃がす訳にはいかなくなったね。今から籍だけでも入れちゃう?」
ルビーの瞳に私を映し出し、若い男性はニッコリ笑った。
『とりあえず、外堀から埋めようか』と述べる彼を前に、私はスッと手を挙げる。
「あの、先程は言いそびれましたが、私はディラン様の恋人じゃありません」
「「「えっ……?」」」
先程までの盛り上がりようが嘘のように静まり返り、彼らは身動きを止めた。
かと思えば、ディラン様の腕の中に収まる私をまじまじと見つめる。
「こ、恋人じゃない……だと?」
「はい」
「この距離感で!?」
「はい」
「嘘だろ……?そんなことって……」
『入籍以前の段階じゃないか』と嘆き、彼らは頭を抱える。
「……どうする?いっそのこと、政略結婚を申し出るか?」
「それはダメよ。無理やり入籍なんてしたら、グレイス卿の心はディランから離れてしまうわ」
「じゃあ、ここはとりあえず────愛想良くして、ディランの株を上げよう」
そう言うが早いか、若い男性はこちらに向き直り爽やかな笑みを浮かべた。
「やあ、グレイス卿。僕はヘクター・ヒューゴ・フラメル。ディランの兄で、フラメル公爵家の次期当主だよ。よろしくね」
「私はディランの母親のノエル・ブリット・フラメルよ」
「カーティス・シリル・フラメルだ。ディランとヘクターの父親であり、フラメル公爵家の現当主でもある」
ここに来てようやく身元を明かしてくれた三人は、こちらへ手を差し伸べる。
が、ディラン様によって叩き落とされた。
『グレイス嬢に気安く触るな』と威嚇する彼の前で、三人は苦笑を浮かべる。
「それでえっと、グレイス卿はディランのことをどう思っ……」
「────おい、グレイス!ちょっと来い!」
フラメル公爵夫人の言葉を遮り、後方の曲がり角から姿を現したのは────団長だった。
突進するような勢いで距離を詰めてくる彼は、無遠慮に私の首根っこを掴む。
と同時に、勢いよく来た道を引き返した。
団長は余程焦っているのか、公爵一家やディラン様の存在に気づいていない様子。
これには、ディラン様達も呆然……。
『どうして、そんなに慌てているのだろう?』と思案する中、彼は騎士団本部へ足を踏み入れた。
「あれ?建国記念パーティーの会場はここじゃありませんよね?」
てっきり会場になかなか現れない私を探してきたのだとばかり思っていたため、戸惑いを覚える。
『何かあったのか?』と気に掛ける私の前で、団長は尋問室の扉へ手を掛けた。
「────昨日、お前を襲った連中が目を覚ました」
「!!」
ハッと息を呑む私はしっかりと自分の足で立ち、団長に向き直った。
『本当ですか?』と視線だけで問い掛ける私を前に、彼は小さく頷く。
「これから、事情聴取を行う予定だ。念のため、当事者のお前も同席してくれ」
『飾り付けの手伝いはもういい』と告げ、団長はゆっくりと扉を開けた。
すると、見張り役の騎士とベッドに横たわったままの男性が目に入る。
本来尋問室には椅子と机しかないのだが、相手は一応病み上がりの患者なので配慮したようだ。
「お前は外してくれ」
「はっ」
見張り役の騎士は一礼して踵を返し、部屋を辞する。
パタンと閉まる扉を前に、団長は丸椅子を引っ掴んだ。
かと思えば、ベッドの傍までソレを運び、上に腰掛ける。
『お前も来い』と目で訴えかけてくる彼に、私は大人しく従った。
万が一に備えて警戒心を高めつつ、団長の後ろに立つ。
「目覚めたばかりで悪いが、話を聞かせてもらうぞ。お前達にグレイスを攫うよう、依頼したのはどこの誰だ?」
直球で質問を投げ掛ける団長に対し、襲撃犯の男性は力無く首を横に振った。
「知らねぇ……あっちはフードを被って、顔を隠していたし……」
「では、何か特徴はありませんでしたか?凄く背が高かったとか、独特の匂いを発していたとか」
人相以外の手掛かりを求めると、彼は少し頭を捻る。
『どうだったかなぁ……』と呟きながら目を閉じ、眉間に皺を寄せた。
「背は……姉ちゃんより高くて、そっちのおっさんよりは低かったと思う。あと、匂いは……特に何もなかったな。ただ、声からして男だったとは思うぜ。喉仏も大きかったし……あっ、そういえば────」
そこで一度言葉を切り、襲撃犯の男性はふと目を開ける。
「────依頼人が横を向いた時、フードから黒っぽい毛が見えたな」
「「!?」」
『黒』と聞いて真っ先に思い浮かぶあの人を連想し、私と団長は表情を硬くした。
だって、第二級魔術師以上の実力者で黒毛なんてそうそう居ないから。
「……それは本当ですか?」
「分かんねぇ……ほんの一瞬だったから、確証は持てねぇーよ。それに取り引き現場は薄暗かったし」
『目の錯覚でそう見えただけかも』と零し、彼は小さく肩を竦めた。
かと思えば、チラリとこちらを見る。
「で、こっちからも質問したいんだが……俺達は結局、何で死にかけたんだ?」
『意味が分からん』と困惑する彼に、私と団長は簡単に事情を説明した。
突っぱねても良かったのだが、魔術を掛けられたタイミングや手法についても調査したかったので。
「なるほど……背中に……じゃあ、あの時の風は自然に吹いたものじゃなかったのか……」
「何か心当たりでも?」
「あぁ……実は依頼を引き受けて相手に背中を向けた瞬間、変な風が吹いてな。下から上に行く感じの。で、こう……服を捲られて、背中に風が当たったんだ。今、思えばあのとき魔術を仕掛けられていたのかもしんねぇ……」
『器用なことをしやがる』と言い、襲撃犯の男性は大きく息を吐いた。
クッと眉を顰める彼の前で、団長は怪訝そうな表情を浮かべる。
「誰も魔術式に気づかなかったのか?一人ならまだしも、お前達はチームで動いていたんだろう?自分の背中はとにかく、仲間の背中の異変には気づけたんじゃないか?」
「無茶言うなよ。あんな薄暗い中で、そんなもん分かるか。それに服を捲られたって言っても、軽くだぜ?背中全体を見渡せるほどじゃない。大半は服に隠れたままだ」
『服の中を吹き抜けるような風だったんだ』と補足し、襲撃犯の男性は額に手を当てた。
説明の難しさに呻く彼を前に、私は自身の顎を撫でる。
「じゃあ、整理すると相手は風に乗せて魔力を送り、何も見ないで魔術式を描き上げた訳ですね」
「相当、手慣れているな。既に魔術式の内容を決めていたとしても、見ないで描くのは至難の業なのに」
『相手はかなりの熟練者だ』と語り、団長は目頭を押さえた。
想像以上に厄介且つ危険な案件だと判明し、苦悩しているのかもしれない。
「はぁ……一先ず情報提供、感謝する。グレイスを襲った件については後で処罰を下すことになるが、今はとにかく療養してくれ」
そう言うが早いか、団長は席を立って尋問室から出ていった。
私もそれに続き、別の尋問室へ足を運ぶ。
どうやら、目を覚ましたメンバー全員から話を聞くつもりのようだ。
建国記念パーティーの準備もあるから、今日は徹夜確定ね。
などと考えている間に、事情聴取は終わり────団長の執務室で一息つく。
「聞けば聞くほど、ディラン・エド・ミッチェルが犯人としか思えないな……」
執務机に突っ伏し、大きく息を吐く団長はそっと目を伏せた。
悩ましげな表情を浮かべる彼に対し、私はパチパチと瞬きを繰り返す。
「確かにディラン様は全ての条件に一致していますが、犯人ではないと思いますよ」
「何でそう言い切れる?」
「ディラン様のことを信じているからです」
「いや、根拠を言え、根拠を」
『そんな言い分じゃ、納得出来ない』と物申す団長に、私は少し考え込むような動作を見せる。
「根拠、ですか。そうですね……強いて言うなら、ディラン様が襲撃犯達の救命に力を貸してくれたことでしょうか?だって、もし犯人ならそのまま見殺しにした筈です。自分に繋がる証拠を残すようなものなんですから」
「それは、まあ……確かに」
『助けるメリット皆無だよな』と納得を示す団長に、私はコクコクと頷いた。
「第一、私と他人の接触を嫌うディラン様がわざわざこんなことを依頼するとは思えません。誰かに頼むくらいなら、自分でやるでしょう」
「ああ、そうだな」
すんなり首を縦に振って共感する団長は、『あいつじゃねぇーな』と確信を持つ。
「よく考えてみれば、あいつはお前の実力を知っているんだもんな。雑魚をどれだけ送っても無駄なのは、分かり切っている筈。ってことで、捜査は振り出しに戻る訳だが……」
全然進展しない捜査状況を憂い、団長は手で目元を覆い隠した。
『どうすんだよ、これ……』と嘆きながら肩を落とし、苦悶する。
「結局、何でグレイスを狙っているのか分からずじまいだし……」
「最初は怨恨かと思ったんですけどね」
「お前、貴族出身の騎士から疎まれまくっているもんな」
「何かした覚えはないんですけど、顔を合わせる度睨まれるんですよ。あと、舌打ちもされます」
『凄く感じ悪いです』と述べると、団長は呆れ気味に小さく肩を竦めた。
と同時に、身を起こす。
「単なる嫉妬だ、嫉妬。女で平民のグレイスより弱いっつーのは、結構プライド傷つくんだよ」
「なるほど。皆さん、わりと面倒臭い性格をしているんですね」
「……お前、優しそうに見えて言う時はキッパリ言うよな」
『容赦ねぇ……』と苦笑しつつ、団長は席を立った。
「まあ、なんにせよグレイスが外を出歩かなければあっちは何も出来ないだろ」
「それは『しばらく泊まり込め』という命令ですか?」
「ああ。その分の手当ては出してやるから、建国記念パーティーを終えるまで我慢してくれ」
『今は大事な時期なんだよ』と言い聞かせる団長に、私は
「分かりました」
と、首を縦に振った。
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