尋問

◇◆◇◆


「────という訳で、私はしばらく見回りに出ません。一応、報告しておきますね」


 魔塔に足を運んでディラン様に面会する私は、勤務形態の変更を告げた。

また『避けられた!』と誤解を生まないように、と。

『アランくんの様子も見たかったから』と考えつつ、私は桃髪を耳に掛ける。


「あと、昨日はすみませんでした。お話の途中で去ってしまって。フラメル公爵家の方々にも謝罪を……」


「ううん、それは大丈夫。そもそも、勤務中に話し掛けたこっちが悪いんだし」


 『謝るのは、僕達の方だよ』と言い、ディラン様はそっと私の袖口を掴んだ。

かと思えば、グイグイと部屋の奥へ引っ張っていく。

どうやら、直ぐに帰らせるつもりはないらしい。

『お茶でも飲んで行って』と来客用のソファに案内し、半ば無理やり着席。

すると、タイミングを見計らったかのようにアランくんがトレイを持って現れた。


「はい、紅茶とお菓子」


 慣れた手つきでティーカップや皿を並べ、アランくんも一人掛けのソファに腰を下ろす。

────と、ここで彼のポケットから小鳥が顔を出した。


 全身真っ黒……って、まさか


「魔物……!?」


 剣の柄に手を掛け、私は慌てて身を乗り出す。

『何でこんなところに!?』と驚きながら、抜刀しようとするものの……隣に座るディラン様に手を掴まれた。


「大丈夫。アレは人間に害を及ぼさない魔物だから。使える魔法も凄く弱くて、静電気を引き起こす程度」


「あっ……そうなんですね。失礼しました」


 剣の柄から手を離し、私はいそいそとソファに座り直した。

怯えた様子の小鳥に『ごめんね』と一言謝り、居住まいを正す。


「でも、何で魔物がここに?」


「アランの能力を確かめたくて、アルカディアの所有する魔物を借りてきたんだ」


 アルカディア様って、確か魔塔主代理を務めている人よね?


 昨日会ったご老人を思い浮かべ、私は『魔物の研究でもしているのかな?』と考えた。

見たところ無傷の小鳥をじっと観察していると、ディラン様がティーカップを手に取る。


「それで分かったんだけど、アランは他の魔物の言葉も理解出来るみたい」


「それは素晴らしいですね。使いようによっては、魔物関連の事件を話し合いで解決出来るんですから」


「逆に魔物を唆して、人間を襲わせることも出来るけどね」


「いや、そんなことしねぇーよ!」


 堪らずといった様子で声を上げ、アランくんは『心外だ!』と腹を立てる。

が、ディラン様はどこ吹く風だ。


「ところで、捜査に進展はあった?」


「う〜ん……あるようでないような……微妙な感じですね」


「元弟子達の方も?」


「はい。相変わらず、だんまりです」


 異様なほど真っ白な調書を思い出し、私は一つ息を吐く。

あまりにも頑な過ぎる元弟子達の態度に辟易していると、ディラン様がスッと目を細めた。


「そう……そろそろ、口を割る頃かと思ったんだけどな」


 『読みが外れたな』とボヤき、ディラン様はトントンと指先で膝を叩く。


「まあ、それでも着実に精神はすり減っている筈……その黙り強がりも続いて、あと一週間くらいでしょ」


 ────という、ディラン様の予想は見事外れ……半月経過した今でも、黙秘を貫いていた。

おかげで、建国記念パーティー当日も事情聴取を行う羽目に。

しかも、人員配置の関係で元弟子の一人イアン様の尋問は私が担当することになった。

『まあ、何かと気を使うパーティー会場の警備よりマシだけど』と思案しつつ、私はふと顔を上げる。


「回りくどいやり方は苦手なので、単刀直入に言いますね。どうして、黙秘を続けていらっしゃるんですか?」


 机を挟んだ向こう側に腰掛けるイアン様へ問い掛けると、彼はピクリと反応を示した。

が、何も言わない。口元を押さえて、俯くだけ。


「これ以上、事情聴取を拒めば『反省の色なし』と見なされ、更に罪が重くなります。それは貴方もご存知ですよね?」


「……」


「貴方は既に魔塔から除名され、ご家族からも縁を切られています。実質、平民と同じ立場です。なので、ただの尋問から拷問に移行するまであまり時間がありません。本当にこのまま黙秘を続けて、よろしいのですか?」


「っ……」


 悔しそうに唇を噛み締め、イアン様はこちらを睨みつける。

『お前に何が分かる……!?』とでも言いたげな彼を前に、私は真っ白な調書を人差し指で突いた。


「もしや、何か言えない事情でもあるのですか?」


「……チッ」


 苛立たしげに眉を顰め、イアン様はフイッと視線を反らした。

かと思えば、自身の顔を鷲掴みにするような形で口元を隠す。


 尋問室に来てから、ずっと思っていたけど────やけに口元を触っているわね。

ただの癖……にしては、なんだか意識してやっているようだし、態度もおかしい。


「何をそんなに焦っている・・・・・んですか?」


「!」


 ハッとしたように目を剥き、イアン様は唇に力を入れた。

ゴクリと喉を鳴らす彼の前で、私はスッと目を細める。


 図星、みたいね。

この人はやっぱり、時間を気にしている。

多分、何かのタイムリミットが迫っているんだわ。

でも、何の……?


 『いいことじゃないのは明白だけど……』と考えつつ、ふと襲撃犯に掛けられた魔術のことを思い出す。

と同時に、席を立った。


 もしかして、ディラン様の元弟子達も魔術を掛けられている?

事情聴取を拒否しているのも、そのせい?

でも、魔術師なら自分で解けるよね?仮にも、この人達は第三級魔術師なんだから。

何故、解除しないの?余程、複雑な術式なのかしら?

それとも────自分じゃ確認出来ないところに魔術式を組み込まれて、解除出来ない状態?


 難しい顔つきのイアン様を見下ろし、私は悶々とする。


 仮にそうだとして、魔術式はどこに書かれているのだろう?

背中や腰なら、身体検査で騎士達に見つかる筈なんだけど。


 『今ここで素っ裸にしようか』と少し悩み、私は口元を押さえた。

と同時に、ハッとする。


「そうだ────口の中!」


 『ここなら自分で確認出来ないし、騎士達にもバレない』と思いつき、私は身を乗り出した。

ギョッとした様子のイアン様へ手を伸ばし、無理やり口を開けさせる。


「ぉあ……!?」


 突然頬を鷲掴みにされたイアン様は、精一杯抵抗するものの……敵わない。

そりゃあ、そうだ。こっちは一応、第一騎士なんだから。

筋肉の『き』の字もない一般人にポカポカ殴られたところで、痛くも痒くもなかった。


「ちょっと失礼しますよ」


 遅すぎる断りを入れ、私は彼の口の中を覗き込む。

すると────上顎辺りに魔術式を発見した。


「ビンゴですね」


 誰に言うでもなくそう呟くと、私は剣の柄に手を掛ける。

が、『これだと、怪我を負わせてしまうかもしれない』と思い、花の髪飾りを手に取った。

髪に挿し込む形で装着するソレには先の尖った部分があり、針のように鋭い。

これなら、ギリギリ魔術式を壊せる筈。


「そのまま、動かないでくださいね。うっかり、口の中を刺してしまうかもしれないので」


「!?」


 『なんだ、その物騒すぎる忠告は!』とでも言うように目を剥き、イアン様は硬直した。

ダラダラと冷や汗を流す彼の前で、私は神経を研ぎ澄ます。

『早く、正確に魔術式だけを破壊する』と自分に言い聞かせ、髪飾りの先端を彼の口の中へ突っ込んだ。

その瞬間、小さな悲鳴が上がるものの……気にせず、魔術式を突き刺す。


「破壊、成功」


 パリンと音を立てて消えた魔術式を前に、私はホッとした。

と同時に、髪飾りの先端を取り出す。


「これで、もう大丈夫ですよ」


「全っ然大丈夫じゃない……魔術式を破壊するとか、アンタ正気かよ」


 半泣きになりながら仰け反り、イアン様は『もう色々勘弁してくれ……』と嘆く。

産まれたての子鹿のようにガクガク震える彼を前に、私は小首を傾げた。


「でも、この魔術式のせいで追い詰められていたんですよね?なら、破壊して正解だったんじゃ……」


「だとしても、いきなりやるなよ!死ぬかと思ったわ!」


 『心臓に悪い!』と喚き、イアン様は胸元を押さえた。

かと思えば、大きく息を吐く。


「まあ、でも助かった。余計なことを言ったり、期日までに術式を解除出来なかったりしたら死ぬ魔術だったからさ」


「他の二人にも同じものが?」


「多分」


「では、解除してきます」


 キランと髪飾りの先端を光らせ、私は扉へ足を向ける。

すると、背後から


「ちゃんと先に断りを入れろよ……」


 と、イアン様に注意された。

なので、今度はきちんと何をするか話してから事に臨む。

でも、物凄く抵抗された。

『心の準備をさせて』とか、『それ本当に大丈夫なのか?』とか喚かれながら。


 結局、断りを入れても入れなくても同じだったわね。


 『いきなり、事に及んでも良かったかも』と考えつつ、私はイアン様のところへ戻った。

向かい側の席へ腰掛け調書を手に取り、真っ直ぐ前を見据える。


「では、知っていること全部吐いてください」


「いや、言い方……」


 『品のないやつだな』と呆れながら、イアン様は深い溜め息を零した。

かと思えば、真剣な顔つきに変わる。


「そもそもの発端はある人の提案なんだ」


「提案、ですか?」


「ああ。魔塔に留まりたければ人間を魔物化出来るようにしろ、と……そうすれば上と掛け合ってやる、と。でも、普通に考えてこの短期間じゃ無理だろう?そしたら、あの人こう言ったんだ────人体実験を行えば、早く正確に研究成果を上げられるって」


 クシャリと顔を歪め、イアン様は強く手を握り締めた。

『人の足元を見やがって』という怒りなのか、悔しさなのか……眉間に深い皺を刻む。


「もちろん、俺達は反発した。でも、もう手段を選べる段階じゃなくて……」


「承諾したんですね?」


「……ああ」


 ガクリと項垂れるようにして頷き、イアン様は前髪を強く掴んだ。

かと思えば、小さく深呼吸して口端を指でつつく。


「口の中にあった魔術は、保険だ。発動条件はあの人に関する情報を漏らしたり、期日までに魔術を解除出来なかった時」


「なるほど。前者の目的は分かりやすく『口止め』と分かるんですが、後者の目的は一体何なんですか?」


 わざわざタイムリミットを設ける意味が分からず問い掛けると、イアン様は不服そうな表情を浮かべる。

と同時に、大きく息を吐いた。


「俺達を逃がさないためだよ。最終的に自分のところへ戻ってくるようにしたんだ。あの魔術を解けるのは、基本あの人だけだから……」


 『まあ、結局アンタがぶっ壊したけど』と述べ、イアン様は小さく肩を竦める。

呆れとも感心とも捉えられる感情を見せ、苦笑を漏らした。

『師匠のお気に入りなだけある』と零す彼を前に、私は桃髪を耳に掛ける。


「それで、『あの人』とは一体誰なんですか?」


 肝心な部分をまだ聞いていなかったため、私は『いい加減、教えてください』と乞うた。

すると、イアン様はちょっと緊張したように表情を強ばらせる。

もう死ぬ心配がないとはいえ、黒幕の正体を明かすのは怖いようだ。

震える指先を握り込み、大きく深呼吸する彼は意を決したように口を開く。


「────魔塔主代理の……アルカディア様だ」

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