人気者?

「おや?そちらのお嬢さんはもしや、グレイス卿ですかな?」


 こちらの存在に気づき足を止めると、彼は少しばかり身を屈めた。

灰色の瞳に私を映し出し、ニッコリと微笑む。

人の良さそうな雰囲気を醸し出す彼の前で、私も立ち止まった。


「はい、そうですが」


 『誰だろう?この人』と思いつつ答える私に、彼は目を輝かせる。


「やはり、そうでしたか。お噂はかねがね……」


 どこか媚びるような仕草を見せながら、彼は自身の胸元にそっと手を添えた。


「私は魔塔主代理のアルカディアと申します。以後お見知りおきを」


「エテル騎士団所属の第一騎士グレイスです。よろしくお願いします」


 『一応、こちらも自己紹介しておこう』と思い、私はペコリと頭を下げる。

すると、アルカディア様も一礼してくれた。

魔術師が他人……それも騎士に対して、礼儀を尽くすのは極稀なのに。


 魔塔主代理というくらいだから、相当地位の高い人よね?

それなのに、全然鼻に掛けない。


 『いい人なんだろうな』と思案する中、アルカディア様はじっとこちらを見つめた。


「ところで、グレイス卿は何故皇城に?」


「建国記念パーティーの飾り付けを頼まれたからです」


 『見回りから外されてしまって』と説明すると、アルカディア様はスッと目を細める。


「そうでしたか。でも、どうして急に?グレイス卿は今まで建国記念パーティーの準備から、遠ざかっておられましたよね?」


 確信を持った声色で指摘するアルカディア様に、私は少し目を見張る。


「よくご存知ですね」


 『私がプチ有名人だから?』と首を傾げつつ、まじまじと灰色の瞳を見つめた。

すると、アルカディア様は編み込みされた髭を優しく撫でる。


「建国記念パーティーの準備には、我々魔塔も携わっていますから。それに今は魔塔主不在のため、代理の私があれこれやっているのです」


「そうでしたか」


 『魔塔主代理って、大変そうだな』と気に掛けつつ、私は納得を示す。

────と、ここで向こうの曲がり角からまたもや誰か現れた。

しかも、今度は複数人。

『ここで立ち止まっていたら邪魔かな?』と考える中、アルカディア様はふと後ろを振り返る。

そして、こちらへ向かってくる三人の男女を目にすると、おもむろに前を向いた。


「申し訳ございません、グレイス卿。そろそろ、行かなくては」


「あっ、はい。準備、頑張ってください」


「ありがとうございます」


 にこやかにお礼を言って軽く会釈すると、アルカディア様は私の横を通り過ぎる。

だんだん小さくなっていく足音を前に、私もゆっくりと歩き出した。

が、何故か今度は


「失礼。先程『グレイス卿』と聞こえたのだが、まさか貴方が?」


 身なりのいい男性に呼び止められる。

大人っぽい女性と若い男性を連れている彼は、後ろで緩く結んだ黒髪を揺らした。

メガネ越しに見えるアメジストの瞳を前に、私は『今日はよく声を掛けられるな』と思案する。


「はい、私の名前は確かにグレイスですが」


「まあ!それじゃあ、貴方が────ディランの恋人ね!」


 堪らずといった様子で身を乗り出し、ルビーの瞳を輝かせるのは黒髪の男性に連れられた女性だった。

お団子にした赤髪が特徴の彼女はこれでもかというほど頬を緩め、上機嫌になる。


「ディランも隅に置けないわね!こんなに可愛い子を射止めるなんて!」


「えっ?あの……」


「ディランとの馴れ初めは?付き合って、どのくらいなの?」


「えっと、落ち着いてください。私は……」


「婚約と結婚の日取りはもう決まっている?まだなら、今のうちに決めてしまいましょう!」


 大興奮しながら私の手を取り、女性はニコニコと笑みを零した。

『出来るだけ、早い方がいいわよね!』と浮かれる彼女を前に、若い方の男性が苦笑を漏らす。


「母さん、落ち着いて。グレイス卿が困っているよ」


 ポンッと女性の肩に手を置き、若い男性はこちらを見つめる。

ルビーの瞳に憂いを滲ませながら。


「ウチの母がすみません。ディランのことになると、いつもこうで……」


 『暴走しがちなんです』と弁解し、彼は軽く頭を搔いた。

その際、短く切り揃えられた赤髪が小さく揺れる。


「いえ……それより、皆さんはディラン様のお知り合いなんですか?」


 『友人にしては年齢層がバラバラだな』と思案しつつ、疑問を投げ掛けた。

すると、彼らは互いに顔を見合わせる。


「いや、我々は知り合いじゃなくて……」


「────グレイス嬢!」


 またまた例の曲がり角から誰かが現れ、一直線にこちらへ向かってきた。

『今日の私は人気者だな』と考える中、魔塔のローブを身に纏うその人物に肩を抱き寄せられる。


「どうして、皇城ここに居るの……!?見回りは!?僕のこと置いていこうとした!?」


 半泣きになりながらこちらに詰め寄り、彼は唇を強く噛み締めた。

かと思えば、女性の手を素早く叩き落とす。


「しかも、また他の人に触らせて……」


 震える声で不満を吐き出し、彼はクシャリと顔を歪めた。

『もう……何で……何で……』と呟く彼に、私は


「あの、ディラン様。落ち着いてください」


 と、呼び掛ける。

が、効果なし。どうやら、かなり感情的になっているらしい。


「僕のことを避けたのは、こいつらのせい?」


「いえ、避けた訳では……」


「じゃあ、どうして見回りに来なかったの!」


 珍しく声を荒げ、ディラン様はポロポロと涙を零した。

アメジストの瞳に不安を滲ませる彼の前で、私はポケットから書類を取り出す。

折り畳んだソレを広げ、彼に見えるよう向きを変えた。


「昨日の一件を重く受け止め、内勤に変わったんですよ。団長が『この忙しい時期に仕事を増やすな』って、ほぼ強制的に」


 しっかりサインまで貰った書類を印籠のように掲げると、ディラン様は少しだけ肩の力を抜く。


「……じゃあ、僕のことを避けた訳じゃなかったの?」


「はい。というか、何で避けたことになるんですか?」


 『内勤の方がむしろ会えるチャンスも多くなるのでは?』と疑問に思い、首を傾げる。

すると、ディラン様は少し恥ずかしそうに俯いた。


「えっと……実はいつも、巡回に行っているグレイス嬢を見守っていて……自分の仕事もあるから、一時間おきとかだけど……」


「なるほど。だから、昨日あんなに早く駆けつけられたんですね」


「うん……」


「あのときは本当に助かりました。ありがとうございます」


 改めてお礼を言うと、ディラン様は僅かに頬を赤くした。

照れ笑いに近い表情を浮かべながら頷き、私の肩を離す。

どうやら、誤解は解けたようだ。

すっかり涙も引っ込んだ様子の彼を前に、私はホッと息を吐き出す。


「あっ、そうだ────こちらの方々はディラン様のお知り合いのようですが、面識はありますか?」

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