襲撃

◇◆◇◆


「────そこの女、止まれ!」


 そう言って、路地裏に姿を現したのは黒ずくめの男性だった。

布で顔を覆っているため人相までは分からないが、体格や声からして知り合いではない。

短剣片手にこちらを見据える彼の前で、私は『またか』と溜め息を零した。


 人体実験の件から、ちょくちょく不審者に絡まれるようになったのよね。

まあ、毎回撃退しているけど。

でも、明らかに頻度がおかしい。

女性とはいえ、騎士服を着ている人物にこう何度も突っかかってくるものなんだろうか。


 『祝十回記念』なんて呟きながら、私は剣の柄に手を掛ける。

勤務中に絡まれたのは不幸中の幸いだな、と肩を竦めて。

場合によっては、素手で相手しないといけないから。

『勤務外は基本帯剣禁止だからね』と考えつつ、私は桃髪を耳に掛ける。


「一応お聞きしますが、引き下がるつもりはありますか?」


「ないに決まっているだろ!」


 そう言うが早いか、黒ずくめの男性は一瞬で間合いを詰めてきた。

左肩目掛けて振り下ろされた短剣を前に、私は『今回もわざと急所を外しているな』と考える。


 狙いは暗殺じゃなくて、傷害?もしくは────誘拐、とか?


 相変わらず目的が不明瞭な奇襲を前に、私はスッと目を細めた。

と同時に、短剣を持っている方の手を掴む。

『いっ……!?』と呻く黒ずくめの男性を見据え、私は思い切り鳩尾を蹴り上げた。それも、三回ほど連続で。


「っ……!おま、え……本当に女かよ……!」


 空いている方の手でお腹を抱え、黒ずくめの男性はよろめく。

今にも倒れそうな彼を前に、私は回し蹴りをお見舞いした。


「くっ……!?」


 見事首裏にクリーンヒットしたのか、黒ずくめの男性は白目を剥いて気絶する。

右手を掴んだままだったので頭を打つことはなかったが、倒れた際に打った膝はかなり痛そうだった。


 とりあえず拘束して、騎士団本部に引き渡そう。

団長には、『またお前か!』と文句を言われそうだけど。


「私だって、好きで狙われている訳じゃないのになぁ」


 『まあ、他の人が狙われるよりいいけど』と肩を竦めつつ、私は所定の縄で黒ずくめの男性を縛り上げる。

ついでに身体検査をして武器や毒などを取り上げ、完全に無力化した。

『あとは連行するだけ』と思案する中、後ろから敵意や害意を感じ取る。

反射的に振り返ると、そこには柄の悪そうなお兄さん達が。


「あらら……おかわりした覚えはないんですけど」


 『今日は大漁だなぁ』と他人事のように考え、私は身を起こす。

と同時に、石を投げられた。

ソレを剣で弾きながら、私は『宣戦布告のつもりかな?』と考える。

────と、ここで柄の悪いお兄さん達が一斉に駆け出した。

武器を構えて向かってくる彼らの前で、私はやれやれとかぶりを振る。

『移送の手間が増えるなぁ』と嘆きつつ、剣を構えた。


「一線」


 その言葉を合図に、私は横へ薙ぎ払うようにして剣を動かした。

すると、剣の軌道をなぞるかのように強い風が巻き起こり────向かってきた者達を切り裂く。

鉄で出来た筈の盾や剣さえも。


「あ”ぁ……!!?」


「な、にが……!」


「まだ間合いに入ってなかっただろ……!?」


 胸や腹を切りつけられた彼らは、出血しながら蹲る。

ちゃんと手加減したので死ぬことはないだろうが、かなり痛い筈だ。

『人数で押せば勝てると思ったのに……!』と吐き捨て、彼らは顔を歪める。


「女を攫うだけの簡単な仕事だって言うから、受けたのに……!こんな化け物が相手じゃ、割に合わせねぇーよ!」


「くそっ……!いてぇ……!何されたんだよ、俺達……!」


「うるせぇ……!さっさと逃げるぞ!こんなの勝ち目ねぇーって!ほら、早く立て!」


 『ここで捕まって堪るか!』といきり立ち、彼らは何とか身を起こそうとする。

が、近づいてくる私を見てたじろいだ。

ゴクリと喉を鳴らす彼らの前で、私は苦笑を漏らす。


「逃げられるのは困ってしまうので、大人しく投降していただけると助かります。場合によっては、あなた方の足を切り落とさないといけないので」


 逃亡防止措置について説明し、私はヒラヒラと剣を振った。

その途端、彼らはサァーッと青ざめる。

『何もしません』とでも言うように全身から力を抜き、彼らはただ押し黙った。

どうやら、怖すぎて声を出せないようだ。

ガクガク震える彼らを前に、私は『話が通じる人達で良かった』と安堵する。

たまに聞き分けの悪い人物も居るため。


「じゃあ、一人ずつ拘束していきますね。ちょっと傷口が痛むかもしれませんが、我慢してください」


 『縄の数、足りるかな?』と考えつつ、私はポーチへ手を伸ばした。

その刹那────既に捕らえている者も合わせて、全員が血反吐を吐いて倒れる。

ビクビクと痙攣しながら。


 何これ……?まさか、毒!?


 『自害したの!?』と動揺する中、彼らはこちらに縋るような目を向けた。

とてもじゃないが、秘密保全のため自死を選んだようには見えない。

『じゃあ、誰かに毒を盛られて!?』と衝撃を受けつつ、私はポーチの中から小瓶を取り出す。


「解毒薬です!大抵の毒には効くかと……!」


「ち、がう……毒、じゃない……」


「俺達……今朝から何も食べて、ないから……」


「アンタを攫ってきたら金をやるって、さっき知らないやつに言われて……それで……」


 絞り出すような声で反論し、彼らはケホケホと咳き込んだ。

かと思えば、全員フッと意識を失う。

地面に倒れ込む彼らを前に、私は慌ててポーチから笛を取り出した。

救援を呼ぶためのアイテムであるソレを吹くと────何故か同僚よりも先に、ディラン様が駆けつける。


「グレイス嬢、どうしたの……!?」


 彼は息を切らした様子で路地裏へ入り込み、足元に居る男性達を見下ろした。

と同時に、目を剥く。


「これ────魔術だ」


 誰に言うでもなくそう呟くと、ディラン様は身を屈めた。

かと思えば、倒れた男性の一人に触れて服を捲り、背中を露わにする。

そこには、確かに魔術式があった。


「多分、時間制限を設けたやつだと思う。三十分以内に所定の場所まで来なかったら死ぬとか、そういうやつ」


「そんな……どうにかなりませんか!?」


「術式を逆算して解除することは可能だけど、間に合うかどうか分からない……でも────魔術を切れるグレイス嬢なら、どうにか出来るかも」


 チラリとこちらに目を向け、ディラン様は表情を引き締める。


「一か八かだけど……」


「構いません!私はどうすればいいですか!」


 ギュッと剣を握り締め、私は迷わず指示を仰ぐ。

すると、ディラン様は『君ならそう言うと思ったよ』と小さく笑った。


「彼らの体に張り付いた魔術式を切り刻んで」


「分かりました!」


 ディラン様の傍に居る男性を見下ろし、私は小さく深呼吸する。

『ちゃんと加減しなくちゃ』と思案しながら剣を構え、背中に張り付いた魔術式を切り裂いた。

と同時に、彼の吐血は止まる。


「成功……したみたいだね」


 正常に戻った呼吸や脈を確認し、ディラン様は『本当に出来るなんて』と肩を竦めた。

呆れたような……感心したような表情を浮かべる彼の前で、私は次々と魔術式を切っていく。

間もなくして、全員の吐血が止まり……何とか峠を越えた。


 ────と、ここでようやく同僚達も駆けつける。

『悪い!遅れた!』と述べる彼らに軽く事情を説明し、襲撃犯の移送を手伝ってもらった。

そして騎士団本部に戻ってからは、もうてんやわんやで……気づけば、翌朝に。


 ただでさえ、建国記念パーティーで人手が足りないのにこんな事件を起こされちゃね……。

またしても、魔術師絡みだし。


「ディラン様曰く、第二級魔術師程度の実力がなければ出来ない芸当らしいです。ただ、今のところ特定は不可能」


 『手掛かりがないので』と言い、私は執務室で団長に経過を報告する。

お手上げ状態に近いことを告げると、団長は大きく息を吐いた。


「まあ、しょうがないな……当事者である襲撃犯共は一命こそ取り留めたものの、いつ目を覚ますか分からない状況だし」


 額に手を当て項垂れる団長は、色素の薄い瞳に憂いを滲ませる。


「それにしても、何で相手はグレイスを狙っているんだろうな」


「さあ……?魔術師絡みとなると、ディラン様の元弟子達くらいしか心当たりはありませんが」


「でも、あいつらは今ウチに居るしなぁ」


「そうなんですよねぇ……しかも、全員第三級・・・魔術師ですし」


 『そもそも、あんな芸当が出来るのか?』という疑問を提示し、私は嘆息した。

どんどん深まっていく謎に辟易していると、団長が何か書類を書き上げる。


「まあ、なんにせよしばらく外出は控えた方が良さそうだな。また同じようなことが起きるかもしれないし────ってことで、グレイスは今日から内勤な?」


 見回りから外れる旨の書類を作成し、団長は『頼むから、目の届く範囲に居てくれ』と述べた。

建国記念パーティーを目前に控えたこの時期に、またトラブルを起こされては堪らないのだろう。


「いいんですか?以前はあんなに嫌がっていたのに」


「それはお前が全く使い物にならないからだ。書類仕事においては、特に」


「つまり最近は成長してきた、と?」


「いや、全然」


 間髪容れずに首を横に振り、団長は出来上がった書類をこちらへ差し出す。


「ただ、仕事を増やされるよりマシだと思っただけだ」


「なるほど」


 『そういうことか』と納得しつつ、私は素直に書類を受け取った。


「じゃあ、使えないなりに頑張ってきます」


「ここまでボロクソに言われても仕事熱心なところ、お前らしいな」


 褒めているのか貶しているのかよく分からない言葉を吐き、団長は何とも言えない表情を浮かべる。

『まあ、頑張れよ』と励ます彼に対し、私はコクリと頷くと踵を返した。

さっさと執務室を出て副団長に接触し、私は書類を見せる。

そこで新たな指示を貰うと、建国記念パーティーの会場である皇城へ向かった。


 会場の飾り付けの手伝い、か。

基本力仕事みたいだし、これなら私でも出来そう。


 『決まった場所に物を置いたり、貼ったりするだけだし』と考えつつ、私は皇城の廊下を進む。

────と、ここで向こうの曲がり角から魔塔のローブを羽織ったご老人が現れた。

ディラン様やその元弟子達と違って、普通に顔を晒す彼は黒に近い焦げ茶色の長髪を揺らす。

そして、編み込みされた髭を軽く撫でた。


「おや?そちらのお嬢さんはもしや、グレイス卿ですかな?」

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