アルヒ村
「────騎士団の到着を知ったら、皆安心するでしょう?」
ふわりと柔らかく微笑み、私は現地の人々が居る方向を眺める。
「騎士団に救援を頼む間、皆きっと不安で堪らなかったと思うんです。だから、まずは『もう大丈夫だよ』と伝えたい。何も心配はいらないんだってこと、知ってほしいんです」
「!!」
ハッとしたように息を呑むミッチェル子爵は、まじまじとこちらを見つめた。
「……そっか。だから、君はあのとき……」
納得したように頷き、ミッチェル子爵は少しばかり眉を顰める。
「僕だけが特別じゃないってこと……?いや、でもこれは任務だから……僕の場合はグレイス嬢が自主的に……今回とは違う……違う、違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う……」
「魔術師様?」
明らかに様子がおかしいミッチェル子爵を気に掛け、私は『大丈夫ですか?』と問い掛ける。
転移魔術の使用による体調不良を心配する中、彼はハッとしたように目を剥いた。
かと思えば、大きく深呼吸する。
「何でもない……大丈夫だから、気にしないで。それより、村に行こう」
さっさと話を切り上げ、ミッチェル子爵は歩き出した。
私より前を歩いているせいで、彼の顔は見えない……。
ただ、何となく泣きそうな
やっぱり、まだ情緒不安定なのね。もっと、気に掛けてあげないと。
などと思いながら、私はミッチェル子爵の後を追い掛ける。
間もなくして村の入り口に辿り着き、エテル騎士団の証である騎士服とマントを見せた。
すると、案外すんなり囲いの中に入れてもらえて村長宅へ通される。
木と大きな葉っぱで作られた家を前に、私はなんだか懐かしい気持ちになった。
『師匠と暮らしていた頃を思い出すな〜』と考えつつ、用意された敷物の上に腰を下ろす。
ミッチェル子爵も私のことを真似るように、正座した。
「初めまして。私はエテル騎士団所属の第一騎士グレイスです」
「だ、第一騎士様ですか……?その若さで……?」
そう言って、驚いたように目を見開くのは向かい側に腰掛けるご老人だった。
『第一騎士様は国内に二人しか居ないと聞きますが』と零し、困惑する彼は白い髭を撫でる。
まさか騎士の位の最上級である第一騎士が、来るとは思ってもみなかったのだろう。
「はい。同じく第一騎士である副団長との手合わせに勝って、最近昇格しました」
第一騎士の証である銀のバッジを見せ、私は『魔物の討伐数も多かったので』と説明する。
実力を誇示すれば、少しは安心してくれるかと思って。
「まあ、私自身まだ実感は湧きませんけどね。最近まで、最下級の第五騎士だったので」
「えっ?そうだったんですか?」
「はい、私は先月入団したばかりの新人ですから」
「なっ……!?」
『たった
ツルツルの頭を抱えながら呻き、どうにか事実を呑み込もうとする。
『私は夢でも見ているのか……』とたじろぐ彼の前で、私はミッチェル子爵を視界に捉えた。
「それで、こちらは第一級魔術師であるディラン・エド・ミッチェル様です」
「な、なんと……!?第一級魔術師様まで……!?」
『信じられない!』とでも言うようにこちらを凝視し、ご老人はしばらく固まる。
が、何とか平静を取り戻すと一回咳払いした。
「すみません、取り乱しました。私はここアルヒ村の長である、ワイアットです。よろしくお願いします」
「こちらこそ」
ワイアットさんの緊張を解そうと笑顔で応じ、私は握手を交わす。
でも、ミッチェル子爵に上から手刀を振り下ろされた。
俗に言う、チョップである。
おかげで、私とワイアットさんの手は離れ……強制的に握手終了となった。
「『ベタベタしないで』って、言ったのに……」
拗ねたような表情を浮かべ、ミッチェル子爵は不満を露わにする。
ワイアットさんと握手した方の手も掴むと、自分の方へ引き寄せた。
「ごめんなさい。てっきり、団長のことだけかと思って」
『私の理解力が乏しいばかりに申し訳ない』と謝罪し、アメジストの瞳をじっと見つめる。
更に情緒不安定にしてしまったことを悔いる中、ミッチェル子爵はそろそろと視線を上げた。
「……あの大男だけじゃなくて、他のやつもダメ」
「『他のやつ』というのは、具体的にどの範囲ですか?」
『基準や条件を教えてほしい』と乞うと、ミッチェル子爵は間髪容れずにこう答える。
「僕以外の人間全部」
「それは同性や子供も?」
「うん」
「なるほど」
とりあえず相槌だけ打って目を瞑り、私は考え込んだ。
『思ったよりハードルが高いな』と悩み、表情を硬くする。
「すみません。正直、かなり広範囲なので確約は出来ません。ただ、努力はしますね」
おもむろに目を開けてアメジストの瞳を見つめ返し、私は繋いだ手をギュッと握った。
────と、ここでミッチェル子爵は思い切り顔を歪める。
「……確約、出来ないの?」
「はい。場合によっては他の方々を担いで逃げたり、手当てのため触れたりしますから」
騎士という職業柄やむを得ない事情もあるのだと説明し、私はミッチェル子爵に理解を求めた。
情緒不安定になっている方へ妥協するよう、要請するのは酷かもしれないが……こればかりはどうしようもない。
『その場凌ぎの嘘はつきたくないし』と思案する私の前で、ミッチェル子爵は唇を噛み締めた。
ちょっと泣きそうな表情を浮かべながら黙り込み、下を向く。
「……分かっ、た。それでいい……けど、必要以上にベタベタしちゃダメだよ」
「はい、最小限の触れ合いに留めるよう気をつけます」
「ん……」
苦渋の決断だったのか、ミッチェル子爵は言葉少なに返事した。
かと思えば、チラリとこちらを見上げる。
何かを訴えかけてくるような視線を前に、私は首を傾げた。
が、彼の言わんとしていることを直ぐに理解する。
「こっちの手だけ、離してもらってもいいですか?」
「ん……」
素直に言うことを聞いてくれるミッチェル子爵は、私の右手を解放した。
と同時に、目を窄める。
まるで猫のような反応を示す彼に、私は思わず頬を緩めた。
『可愛い黒猫さんだな』と思いつつ、ミッチェル子爵の頭を撫でる。
その途端、彼の表情は和らいだ。
「ほう……お二方は大変仲がよろしいんですね。もしや、ご夫婦ですか?」
微笑ましいと言わんばかりの表情でこちらを見つめ、ワイアットさんはちょっと前のめりになる。
が、ハッとしたように固まると、慌てて居住まいを正した。
『おっと、少々無粋でしたかな』と頭を搔く彼に、私は小さく首を横に振る。
「私達はそのような関係じゃありません。知り合ったのも、最近ですから」
「おや?そうでしたか」
意外そうに目を見開くワイアットさんは、『私の早とちりですな』と肩を竦めた。
────と、ここでミッチェル子爵が身を乗り出す。
「で、でもこれから先は分からないよ……もしかしたら、その……ふ、夫婦になるかもしれないし……」
「はっはっはっはっ。確かに、確かに。未来のことは誰にも予測出来ませんから、そういう関係になる可能性だって充分あります」
『お二方はまだ出会ったばかりのようですし』と述べ、ワイアットさんはゆるゆると頬を緩めた。
かと思えば、パンッと大きく手を叩く。
「まあ、それはそれとして────そろそろ本題に入っても?」
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