違和感
「まあ、それはそれとして────そろそろ本題に入っても?」
『私から振った話ではありますが』と恐縮しつつ、ワイアットさんはこちらの顔色を窺った。
「もちろんです。詳しいお話を聞かせてください」
間髪容れずに頷いて応じると、ワイアットさんはホッとしたように表情を和らげる。
と同時に、白い髭を撫でた。
「ありがとうございます。では、魔物の説明から」
────魔物。
魔力を帯びて、突然変異した動物のことを指す。
特徴は全身真っ黒で、魔法────予備動作なしで世界の理を操れること。
魔術と違って発動スピードは格段に早いが、攻撃パターンは非常に単純。
細かいコントロールや多種多様な使い方は、出来ない。
まあ、それでも脅威であることに変わりはないけど。
剣術や魔術など戦う術を持たない者達からすれば、まさに化け物だもの。
「救援要請の書類にも書きましたが、我々のところに現れた魔物は大型犬サイズのトカゲです。硬い皮膚を持っており、基本的に物理攻撃は通じません。そして適性魔法は恐らく、炎。火を吹いているところを見掛けた者が、何人か居りましたので。また、畑に焼けたような跡がいくつか残っていました」
『ご希望でしたら、その場所まで案内しますよ』と述べ、ワイアットさんは腕を組む。
「被害状況は家畜の負傷と畑の半壊くらいでしょうか?建物は見ての通り、無事です。人的被害も特にありません」
「そうですか」
荒らすだけ荒らして帰っている、というのは少し気になるわね。
通常、魔物や野生動物は食べ物を求めて集落に降りてくるから。
『目的は何なのか』と思案しつつ、私は顎に手を当てた。
「一つお聞きしたいんですが、魔物達は何か持って帰っていませんか?」
「いえ、特に何も」
迷わず首を横に振るワイアットさんに、私は戸惑いを覚える。
何も持って帰っていない?ますます、意味が分からないわね。
魔物達は一体、何をしにここへ来ているの?
もしかして……ただ遊んでいるだけ、とか?
いやいや、そのためだけに遠路はるばるこんなところまで来ないでしょう。
魔物にだって、繁殖やら食事やら子育てやらあるんだから。
『そんなに暇じゃない』と結論づけ、私は何か目的がある筈だと思考を巡らせた。
が、何も思いつかない。
『私は元々こういう頭脳系に向いてないんだよね』と嘆息しつつ、居住まいを正す。
「大体、事情は分かりました。とりあえず魔物の様子を観察したいのですが、奴らはいつもどこから現れますか?」
「えっと、西の方の森からです。良ければ、案内しますが」
「いえ、結構です。危険なので、ここに居てください」
道中戦闘になる可能性も考え、私はワイアットさんの申し出を断った。
『方角さえ分かれば、あとは何とかなる』と楽観視しながら、おもむろに立ち上がる。
そして、同じように起立しようとするミッチェル子爵を見下ろした。
「魔術師様は村の警護をお願いします。私は魔物の捜索及び観察に行ってきま……」
「僕も行くよ」
「えっ?でも、それじゃあ村の警護が……」
「────結界を張っていけば、いい」
指先から具現化した魔力を垂らし、ミッチェル子爵は『絶対についていく』という強い意志を示した。
かと思えば、建物の外に出て巨大な魔術式を空に描く。
紫色に輝くソレは美しく、どこか芸術的だった。
「これは素晴らしい……」
建物の玄関から空を見上げ、ワイアットさんは感嘆の息を漏らす。
『さすがは第一級魔術師様だ』と感心する彼を他所に、ミッチェル子爵は魔術を発動した。
その瞬間、魔術式から薄い膜のような……カーテンのようなものが垂れてきて、ここら一帯を囲う。
固定型の範囲魔術ってかなり魔力を消費するのに、魔術師様は平然としている。
さっき、転移魔術だって使ったのに。
『本当にとんでもない魔力量ね』と目を見張っていると、ミッチェル子爵がワイアットさんの方を振り返った。
「今、外に出ている奴は居る?居ないなら、完全にここを封鎖するけど」
『居る場合は人間だけ通れるようにする』と補足するミッチェル子爵に、ワイアットさんは目を剥く。
「えっと……今日は村人総出で畑の整備をやろうと思っていたので、外に出ている者は……あっ、いやでも……」
途端に口ごもるワイアットさんは、チラリと結界の外を見た。
どことなく暗い雰囲気を漂わせつつ、『ふぅ……』と一つ息を吐く。
まるで、己の無力を呪うかのように。
「何でもありません。
思い詰めたような……何かを諦めたような表情でそう呟き、ワイアットさんは小さく頭を下げた。
「このまま、完全に村を封鎖してください」
「分かった。じゃあ、僕達が外に出てから出入りを制限する」
そう言うが早いか、ミッチェル子爵は私の手を引いて歩き出す。
西の森を目指しながら結界の外に出て、魔術式に目を向けた。
かと思えば、手のひら魔力を放出し、術式に干渉する。
『既に完成した魔術式を書き換えている……』と驚く私の前で、彼は一部の文字を修正した。
「これで、あの村には誰も入って来れない」
「さすがです、魔術師様」
グッと手を握って称賛すると、ミッチェル子爵は照れたように視線を逸らす。
「これくらい、第一級魔術師なら普通だよ。それより、早く調査に行こう」
「あっ、そうですね。日が暮れる前に終わらせましょう」
『夜の森は危険が増すから』と考え、私は意気揚々と森の中へ足を踏み入れた。
と同時に────真っ黒な巨大トカゲを発見する。
「ワイアットさんの言っていた魔物って、アレですかね?」
「多分……でも、こんなに早く遭遇するなんておかしいな。普通はもっと奥の方に居るのに」
怪訝そうに眉を顰め、ミッチェル子爵は繋いだ手をギュッと握り締めた。
決して離さぬように、と。
「何があるか分からないから、傍を離れないで」
「はい!魔術師様のことは私が守ります!」
『指一本、触れさせません!』と意気込み、私は臨戦態勢へ入る。
剣の柄に手を掛け、『さあ、どこからでも掛かってこい!』と身構えるものの……魔物はこちらを一瞥するだけで、襲ってこなかった。
それどころか、完全にこちらをスルーしてのっそのっそと歩き出す始末。
か、格好よく決めたのにまさかの不戦勝……?
いや、まあ戦わずに済むならそっちの方がいいけど。
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