第一章
団長
◇◆◇◆
「────おい、グレイス」
そう言って、こちらを訝しむように睨んでくるのはエテル騎士団の団長であるギデオン・ハンク・フォスター伯爵だった。
大きな体と赤髪が特徴の彼は、色素の薄い瞳に疑念を滲ませる。
と同時に、大きく息を吐いた。
「後ろのアレはなんだ?」
「はい……?」
言葉の意味が分からず、私はとりあえず後ろを振り返る。
すると、そこには見覚えのあるシルエットが。
団長の執務室の扉を少し開けて、こちらの様子を窺っていた。
「────ま、魔術師様……!?どうして、ここに!?」
魔塔に居る筈のミッチェル子爵が騎士団本部の廊下に居るという事態を受け止め切れず、私は心底驚いた。
あんぐりと口を開ける私の前で、彼はオロオロと視線をさまよわせる。
宝石のアメジストを彷彿とさせる瞳からは、困惑が見て取れた。
「い、いや……その……たまたま通り掛かっただけで、えっと……」
「嘘つけ。出勤してきたこいつの後をずっとついて回っていたくせに」
『もうネタは上がっているんだよ』と突きつける団長に、ミッチェル子爵は口ごもった。
魔塔所属の証である黒いローブのフードを引っ張り、精一杯顔を隠す。
その際、短い黒髪がサラリと揺れた。
「えっ!?そうだったんですか!?全然気づきませんでした!」
『気配を消す天才ですか!』と述べる私に、団長は一つ息を吐いた。
「お前は鈍感すぎだ。あちこちから苦情っつーか、目撃情報が入ってきていたぞ」
やれやれとでも言うように
「まあ、とにかく部外者は出ていっ……いや、待てよ。今回の任務は魔術師を同行させた方が楽だし、確実……」
ブツブツと独り言を零すと、団長はミッチェル子爵に目を向けた。
「お前、階級は?」
「……一応、第一級だけど」
「はっ!?第一級!?」
ガタンッと物音を立てて立ち上がり、団長は身を乗り出す。
と同時に、目を白黒させた。
魔術師には第一級〜第十級まで階級があり、少ない数字になるほどいいとされている。
ちなみに今のところ、第三級以上の魔術師は二十人程度。
大抵は第四級〜第七級止まりだ。
「今、存在する第一級魔術師は三人で……そのうち、一人が失踪……もう一人は陛下を護衛するため、国外に居るから……今、国内に居るのはディラン・エド・ミッチェルだけだが……」
困惑気味にミッチェル子爵を見つめる団長に、私は
「はい。ですから、そのディラン・エド・ミッチェル様です」
と、彼を示して答えた。
すると、団長は後ろへ仰け反り目頭を押さえる。
「嘘だろ……?あいつは極度の人間嫌いで引きこもり体質だから、なかなか外に出ないって話だぞ……?しかも、先日あんなことがあったばっかりだし……本当に本人なのか?」
「はい。昨日、魔塔に突撃してお姿を確認したので間違いありません」
「そうか……って、ちょっと待て!?お前、魔塔に行ってきたのか!?」
『聞き捨てならない!』と言わんばかりにこちらを向き、団長はギョッとした様子を見せた。
信じられないものでも見るかのように眉を顰める彼の前で、私はニッコリと笑う。
「はい。事件のことは、早めにお伝えした方がいいと思いまして」
「おまっ……!はぁ……もういい」
いちいち叫ぶのに疲れたのか、団長は小さく
『この猪突猛進娘め……』と嘆く彼を他所に、ミッチェル子爵はゆっくりと扉を開ける。
そして恐る恐る中に入ってくると、静かに扉を閉めた。
「それより、任務って何なの?グレイス嬢も行く?」
スススススススッと私の横まで来て、ミッチェル子爵は団長と顔を合わせる。
が、団長の強面に精神を削られたのか直ぐに反らした。
代わりに、私の顔を覗き込んでくる。いや、凝視してくると言った方がいいかもしれない。
『私の顔、好きなのかな?』と首を傾げていると、団長がおもむろに顔を上げた。
「ん?あぁ……実は魔物の群れが小さな村を襲っているらしいんだ。幸い人的被害はないものの、家畜と畑を軒並み荒らされて困り果てているとのこと」
椅子に座り直し、執務机の引き出しを開ける団長は中から書類を取り出す。
「魔物討伐は俺達の仕事だから早急に何とかしたいんだが、相手の魔物は物理攻撃をあまり通さないタイプなんだ」
魔物の人相が描かれたところを指さし、団長は小さく息を吐いた。
「まあ、それでも時間と人員を割けば問題なく倒せる程度だ。ただ、今は建国記念パーティーの準備の真っ最中でな……そう簡単に動けない。そこで白羽の矢が立ったのが、グレイスという訳だ」
頬杖をついてこちらを見据え、団長はスッと目を細める。
「こいつはとんでもない豪腕で、男顔負けの実力を持っている。入団初日にウチの主力騎士をぶっ飛ばすくらいの、な。だから、物理攻撃の効かない魔物相手でも大丈夫だろうと判断したんだ」
『建国記念パーティーの準備にこいつは必要ないしな』と語り、ちょうどいい人材であることを説明した。
すると、ミッチェル子爵は不意に顔を上げる。
「あぁ……そういえば、封印魔術の掛けられた扉もあっさり開けていたな。しかも、片手で」
「嘘だろ、こいつ……魔術も効かないのか」
『なんという馬鹿力だ』と呆れ果て、団長は額に手を当てた。
ゲンナリした様子の彼を前に、ミッチェル子爵はチラリとこちらを見る。
「とりあえず、話は分かった。僕も同行する」
「本当か!?助かる!」
「魔術師様も一緒なら、心強いです!私、頑張ります!」
キラキラと目を輝かせて喜ぶと、ミッチェル子爵は『う、うん……』と小さく頷いた。
若干頬を赤くする彼の前で、団長はジーッとこちらを見つめる。
「グレイス、頑張り過ぎてまた壁をぶち抜くなよ」
「はい!善処します!」
「いや、そこは『もうしません』と言え!」
「自信がないので、確約は出来ません!ごめんなさい!」
ガバッと勢いよく頭を下げて謝罪する私に、団長は爽やかな笑みを浮かべる。
「素直でよろしい……とでも言うと思ったか、馬鹿野郎!」
途端に怖い顔付きへなり、団長は素早く席を立った。
かと思えば、こちらまで来て私の頭をグリグリする。
それはもう力いっぱい。
「お、ま、え、は!一体どれだけ物を壊せば、気が済むんだ!」
「誤解です!私だって、壊したくて壊している訳じゃありません!気づいたら、ボロボロになっているんです!」
「無意識なら、なお悪いわ!破壊の化身か、お前は!」
『同じ人間なのか、疑いたくなるぜ!』と零し、団長はグイグイと頬を引っ張った。
が、急に力を緩める。
「お、おま……何で怒っているんだ?」
『俺達にとってはいつものやり取りなんだが』と言い、団長は若干顔色を悪くした。
その視線の先には、ムッとした表情を浮かべるミッチェル子爵が……。
「……離して。グレイス嬢、嫌がっている」
「えっ?別に私はなんとも……」
「嫌がっている」
第三者目線だとそう見えるのか、ミッチェル子爵は『離して』の一点張り。
アメジストの瞳に不快感を滲ませる彼の前で、団長は
「お、おう……」
素直に手を離した。
『何もしてません』とでも言うように両手を挙げ、一歩後ろへ下がる。
すると、すかさずミッチェル子爵が私の手を引いて扉へ向かった。
「事態は急を要するみたいだから、早速任務に取り掛かる」
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