心を病んだ魔術師さまに執着されてしまった
あーもんど
序章
プロローグ《ディラン side》
弟子達に……裏切られた。
先日行われた論文発表会にて、僕が披露する筈だった研究成果を横取りされたのだ。
我が物顔で僕の用意したスピーチを話していた光景は、今でもよく覚えている。
「少しでも観客の印象に残ろうと、発表の順番を最後にしたのが運の尽きだったな……弟子達より先の順番だったら、こうはならなかったのに……」
部屋の隅で丸くなり、項垂れる僕は『はぁ……』と深い溜め息を零した。
エタニティ帝国に三人しか居ない第一級魔術師でも、弟子達にしてやられるほど頭の弱いやつじゃどうしようもないな……。
『弟子にしてください』と頼み込まれ、苦楽を共にするようになってから数年。
彼らとは師弟を超えた家族のような存在になれた、と思ったのに……結局こちらの独りよがりで、いつの間にか反感を買っていたらしい。
いや、もしかしたら最初から僕の研究成果を盗むつもりで、擦り寄って来たのかもしれない。
それくらい、僕は嫌われているから。
「『若い才能は嫉妬の対象になる』って、殿下は言っていたっけ……?」
唯一の友人から受けたアドバイスを思い返し、僕はそっと目を伏せた。
他人から……特に歳を取った魔術師から、よく思われていないのは痛感しているため。
先日の論文発表会だって、そう……本来であれば、皇室の騎士団や調査機関にお願いして真実を明らかにしてもらうつもりだった。
でも、他の魔術師から『みっともない真似をするな!』と猛反対されて……ここ魔塔────皇室の管理する魔術師組合本部に閉じ込められる始末。
まあ、本気を出せば逃げられるだろうけど……もうそんな気力もない。
第一、逃げたところで何をすればいいと言うんだ?
時折食事を届けてくれる給仕係が言うには、『弟子達の才能に嫉妬しておかしくなった魔術師』として知れ渡っているみたいだし……。
今更、無実を訴えたところで……。
全部無駄になる未来を想像し、僕は縮こまった。
『もういっそ、魔塔の魔術師なんて辞めてしまおうか』と思案する中、不意に部屋の扉をノックされる。
が、僕は何も言わない。
もう誰にも会いたくないから。
『給仕係なら、扉の外に食事を置いて帰るだろう』と思いつつ、僕はひたすら無視を貫いた。
────と、ここで突然部屋の扉を開け放たれる。
「────第一級魔術師ディラン・エド・ミッチェル子爵!」
久しく聞いてなかった僕のフルネームを呼び、暗い室内に足を踏み入れたのは────桃色の長髪を持つ女性だった。
どことなく凛とした雰囲気を漂わせる彼女は、赤紫色の瞳に僕を映し出す。
と同時に、明るく笑った。
「初めまして!先月よりエテル騎士団で働くことになりました、グレイスです!」
皇室の紋章が刺繍された騎士服を身に纏い、元気に挨拶する桃髪の女性────改め、グレイス嬢は少し胸を張る。
新人らしく希望に満ち溢れた様子の彼女を前に、僕は戸惑った。
「き、騎士が何の用なの……?まさか、僕を罰しに……?」
『魔塔の古狸共はもうそこまでして……』と青ざめ、僕は仰け反る。
「も、もう充分じゃないか……!僕は研究成果と名声を奪われたんだ……!これ以上、何も奪わないでくれ……!」
『僕の無様な姿を見て、満足しただろ!』と叫び、頭を抱え込んだ。
ついでに耳を塞ぎ、目も瞑る。
何もかも拒絶するかのように。
『追い討ちを掛けられるのではないか』と心底恐れる中、不意に────頭を撫でられた。
それも優しく……こちらの身を労わるように。
ビックリして顔を上げると、穏やかに微笑むグレイス嬢の姿が目に入った。
「今までよく頑張りましたね。一人でずっとお辛かったでしょう?」
「えっ……?」
「でも、もう大丈夫ですよ────魔術師様の汚名は晴らしました」
そう言うが早いか、グレイス嬢は胸に抱いていた書類をこちらへ差し出す。
『どうぞ』と促す彼女を前に、僕はおずおずとソレを受け取った。
そして、おっかなびっくり目を通していく。
あれ……?これって────
「────論文発表会の捜査資料……?」
「はい。実はあの論文発表会に私も個人的に参加していて……それで、色々調べてみたんです。尊敬するディラン・エド・ミッチェル子爵が、嘘をつく筈ないって信じて」
ニコニコと笑いながらそう語り、グレイス嬢は視線を合わせるように床へ腰を下ろした。
「既に団長へ報告・相談を行っていますので、近いうちに悪い奴らは捕まると思います。魔術師様の名誉も戻ることでしょう。もちろん、奪われた功績も」
「!!」
『全て元通りになる』と言われ、僕は思わず息を呑む。
そんなこと出来ると思ってなかったから。
『僕は夢でも見ているのか……?』と呆然とする中、グレイス嬢はそっと眉尻を下げた。
「信じていた方々に裏切られて、とてもショックを受けたことでしょう。大変心細かったかと思います」
自分のことのように僕の境遇を悲しみ、グレイス嬢は赤紫色の瞳に憂いを滲ませる。
「だから、その……差し出がましいかもしれませんが、これだけは言わせてください。私は────魔術師様の味方です。こんな小娘じゃ頼りないと思いますが、貴方は一人じゃないんだってこと……どうか、忘れないでください」
『何かあったら力になります』と申し出るグレイス嬢に、僕は目を見開いた。
と同時に、ポロポロと涙を零す。
もう二十歳を過ぎたいい大人だというのに、人前で泣くなんて情けない。
でも、彼女の優しさに心底ホッとしてしまって……止められなかった。
「えっ!?な、泣い……!?どうしよう!?」
口元に手を当て、グレイス嬢は『やってしまった!』と慌てる。
途端に挙動不審になってしまう彼女の前で、僕はほぼ無意識に
「撫でて……」
と、口走っていた。
感情の赴くままグレイス嬢の手の甲に触れると、彼女はパチパチと瞬きを繰り返す。
「へっ?」
「さっきみたいに撫でて……たくさん」
まるで子供のように人の温もりを求め、僕はじっと赤紫色の瞳を見つめ返した。
すると、グレイス嬢は
「は、はい!」
と返事し、こちらへ手を伸ばす。
素直な子なのか、言われた通り僕の頭を撫でていた。
その感触が、手つきが、体温が心地よくて……僕はついつい目を細めてしまう。
『誰かに甘えたのは何年ぶりだろう?』と考えながら、ふと貰った資料へ視線を向けた。
新人という立場でここまで調べ上げるのは、相当大変だっただろうな……それなのに、
グレイス嬢の努力の証とも言える資料を前に、僕は何とも言えない高揚感に襲われる。
僕のことをこんなに想ってくれるのは、彼女しか居ない……だから────失望されないように頑張らないと。
『もし、グレイス嬢に見限られたら……』と想像し、僕は震え上がった。
ドロリとした黒い感情を胸に、頭を撫でる彼女の手へ擦り寄る。
どうしたら、ずっと僕の傍に居てくれるのか考えながら。
まずはグレイス嬢を知ることから、始めよう。
好きな物と嫌いな物の区別くらいは、つくようにしておきたいから。
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