第92話 愛は科学を救う

 秘密めかして、言う。

 「あいですよ、愛」

 「愛って……?」

 桃子ももこさんはわからないらしい。たしかにいきなり「愛」と言われると普通名詞だと思うよね。

 愛の力で科学が復活!

 うん。

 いい思いつきだ。

 千枝美ちえみは、わざとらしく、声が漏れそうなくらいに

「かっかっかっ」

と笑って見せる。

 それで桃子さんは気がついた。

 「ええっ? 愛ちゃん?」

 そんな大げさに驚くことかな?

 驚くことだな。たしかに。

 「はい。澄野すみの愛」

 そこで千枝美はさらににんまりした。

 「愛はいまのところどこも部活入ってないから適任でしょ? それで、こないだ、うどんおごってあげて、それで、「科学部に入ってくれない?」って言ったら、しばらく考えてから、うん、いいよ、って」

 「うどんで釣るかなぁ? あの愛ちゃんを」

 言われて、千枝美は、長いつるつるのうどんの端っこに、滑らないように、懸命にすがりついているちっちゃな愛の姿を思い浮かべた。

 ちっちゃな愛を、糸ではなくうどんをこまかく上下に揺すりながら、釣り上げるのだ。

 めちゃくちゃ萌える。

 愛が懸命すぎて痛々しいところが「超」がつく萌えポイントだ。

 それを見通したのかどうか。桃子さんはいっそう眉を寄せる。

 「それに、あの子、基本、理系、苦手だよ? それこそ、理系増強だったら」

 そしていきなりにやっと笑う。無邪気に。

 「樹理じゅりちゃん入れたら? 絶対、活動、まじめにするし、部員にもまじめにさせるし」

 千枝美は眉を寄せてくすんと笑った。

 「樹理が入りたがったら、それはもちろん拒否はしませんけど」

 でも、桃子さんだって、樹理が、活動超ふまじめで有名な科学部に入りたがるとは思っていないだろう。

 「でも、愛だって、数学はよくできますよ。それに、わたしのあんまり好きじゃない物理の力学とか、あ、もの投げたり、落としたりするやつですね、放物線とかの。あと三角関数を使う波の問題とか、わたしより得意みたいですし」

 「まあ、まじめさにかけては、愛って樹理とおんなじくらいだから、息長おきなが先生も応援してくれるだろうけど」

 そして、笑う。

 「でも、愛ちゃん、気の毒」

 それは事実なので、千枝美もいっしょに笑う。

 桃子さんは体を後ろに伸ばしたまま言った。

 「でも、文化系部活、全般に不活発だよねぇ。体育系はもともと低調だけどさ。文化系、急に活力落ちちゃってさ」

 愚痴ぐちる。

 「消えた部活が、三曲さんきょく部に、茶道部、あと技術家庭部」

 「山岳部?」

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