第91話 科学部はまじめに活動すべき

 桃子ももこさんは、唇を結んだまま、きょとんとして顔を傾けて見せる。

 千枝美ちえみが続ける。

 「わたし、中学校でマーチングバンドだったんです」

 「何担当だったの?」

 桃子さんはすかさずきいてきた。

 「パーカッションで、大太鼓小太鼓も担当しましたけど、グロッケンシュピールが主なんですけど」

と言ってから、桃子さんの顔を斜めに見る。

 「わかります?」

 「グロッケンシュピール」というとすごくごつい印象のあることばらしく、「えっ? そんなでっかいロボットみたいなのを担当してたの?」とか言われたこともある。

 でも。

 「鉄琴てっきんでしょ?」

 桃子さん、さすがだ。

 鉄琴でも、共鳴管がついて音にヴィブラートがかけられるのがヴィブラフォン、共鳴管のついていない鉄琴がグロッケンシュピールなのだけど。

 「鉄琴」というと、それはそれで「えーっ、そんな鉄パイプみたいなの叩いてるの?」と言われたこともあるが。

 「鉄筋」とは違います!

 千枝美って、そんなに鉄パイプ振り回して戦うイメージなのだろうか?

 でも、桃子さんはそんな誤解はしないだろう。

 「はい」

 桃子さんに、笑顔のサービス。

 で。

 「で、瑞城ずいじょうって、マーチングバンド部、有名でしょ? ネットで部活紹介のページ見てて、マーチングバンド部の写真がすごくかっこよくて。ああ、これやれるといいなぁ、って」

 「見るぶんにはね」

 桃子さんが笑う。

 「でも、なかは、陰湿な対立があったりして、すごいらしいよ。昔は瑞城非行少女収容所とか呼ばれて、問題を起こした生徒をマーチングバンド部にぶち込んで更生させる、って部だったんだから」

 あー。

 ほんとに鉄筋や鉄パイプでびしばししごく、って部だったんだ。

 「だいたいほとんど休みないって話だし」

 千枝美も笑う。

 それも知っていた。中学校で、千枝美もほとんど休みがなかった。

 それを知っても、瑞城のマーチングバンド部のユニフォームでさっそうと行進している自分を思い浮かべると、いいな、と思うのだ。そしてあこがれる。

 その、実現しなかった自分の姿に。

 「それで」

と桃子さんが体を起こした。

 「千枝美って、いまの部活、なんだっけ?」

 「科学部ですけど?」

 「あー」

 桃子さんは大きくため息をついた。目も細めて、力の抜けた笑いを浮かべる。

 「わかってるとは思うけど、科学部、もうちょっとまじめに活動したほうがいいよ。っていうか、少なくとも活動したふりぐらいできるくらいには、なんかやったほうがいいよ」

 こういうのを「苦言」とか言うのだろう。千枝美はだまって聞く。

 「学校のホームページに部活の紹介出すんだからさ。ちょっと前までは……その先輩たちのころまではさ」

 その、若尾わかお友加理ゆかりさんという、桃子さんの二つ上の先輩のことを言っているのだろう。

 「そういう開店休業の部活とかいっぱいあったらしいけど、いまはもう許されない展開になってるから」

 科学部の顧問は息長おきなが先生という先生で、基本的に生徒任せの先生だ。熱心な生徒がいればいろいろと活動を支えてくれるけど、生徒が不熱心だと尻をたたいてまで活動をやらせようとはしない。

 で、いまの科学部には、熱心な生徒が一人もいない。

 千枝美も含めて。

 それだけのことなんだけど。

 「ふっふっふ」

 千枝美は不敵に笑って見せた。

 桃子さんが目を上げてちらっと千枝美を見る。千枝美は続けて芝居がからせて言った。

 「ご心配なく。強力な秘密兵器の導入が決まってますから」

 「なんか、いい新入生でも入ってくるの?」

 桃子さんがふしぎそうにきく。

 でも、新入生と言っても、試験はこれからだ。推薦の子は決まっているかも知れないけど、高校編入で推薦系は数が少ないし、どんな子が来るか、千枝美は知らない。

 千枝美はぷるんぷるんと首を振った。

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