プロムナード

第90話 いま明かされる千枝美の志望校

 「久しぶりに友加理ゆかりさんのこと、思い出したなぁ」

 体を後ろに倒して両手で支えた姿勢のまま桃子ももこさんが言う。

 懐かしそうだ。

 「それと、あの学年は、瑞城ずいじょうの子ともけっこう関係よかった、っていうよね」

 「瑞城の子と仲悪いばっかりでもなかったんですね」

 桃子さんはうなずく。

 「だいたい、瑞城の創立者ってひとだって、そのころの明珠めいしゅじょの上のほうのひとと仲よかったらしいからね」

 桃子さんは、軽く身を起こして左手を自由にし、その左手で肩の後ろを指さしてみせる。

 そちら側は窓だ。その外には……。

 「隣に瑞城の寮があるのも、そのとき、明珠女が土地を安く売ってあげたからだって」

 「ああ」

 「それ、樹理じゅり、知ってます?」ときこうと思った。

 でも、やめた。

 樹理が瑞城の子に腹を立てている重大な理由の一つは、その隣の寮がうるさいことだ。

 とくに夜にうるさい。

 明珠女の生徒にとって夜は普通に勉強の時間だが、瑞城の子たちには思いっきり遊べる時間だ。

 いや。瑞城の生徒にとっては夜は普通に思いっきり遊べる時間なのに、明珠女の子たちにとっては普通の時間ではなく、勉強をする時間だ、と言うほうがいいのか。

 ともかく、春先のいまはまだましだが、夏近くになると、窓を開けて大人数で大声を上げながらゲームをやっていたり、大音量で音楽をかけたり、やりたい放題だ。ときには、屋上で音楽をかけてダンスパーティーをやったりする。

 その騒がしいのが明珠女の寮生の勉強のじゃまになる。とくに、樹理のようにまじめに勉強する子にとっては、それは耐えられないうるささらしい。

 ところで、樹理は愛校心が強いらしく、明珠じょ学館がっかんに、とくにその「伝統」というのにちょっとでもケチをつけられたと思うといきなり不機嫌になる。

 その伝統の昔のところで、明珠女のひとと瑞城のひとが仲よかった、だから隣にあのうるさい寮がある、なんてきくと、いったいどうなることか。

 ああ、それではしかたがないな、と納得してくれるならいいけど、そうはいかないだろう。何も言えなくなって、むーっとなって押し黙って、暗い何かを胸の中でひたすらたぎらせ続けることだろう。

 それは想像しただけでぞっとする。

 その想像を打ち切って、黙って残っていたおまんじゅうをかじる。

 最初に六つあって、これは半分くらい残るな、と思っていたら、ここまで桃子さんが二つ食べ、いま千枝美が三つめに着手して、残りは一つになる。

 桃子さんは、また後ろに両手をついて体を伸ばして、くつろいだ姿勢になった。

 うぅん……こうやってるところを見ると、桃子さん、やっぱりずん胴だなぁ。

 目立って太ってる、ってわけではないけど!

 胸がない、ってわけでもないけど!

 けっして!

 「わたしもね」

 おまんじゅうを食べながら、千枝美ちえみが言う。

 「受験のとき、瑞城、どうかな、と思ったことが、一瞬、あるんですよ」

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