第89話 よろしく伝えてね

 「ゆかゆか先輩、ミュージックフェスでもMCやるんですよ」

 瑞城ずいじょうの後輩が言う。

 「ゆかゆか」はだめでも「ゆかゆか先輩」ならいい、ということなのだろうか。

 「ああ」

 ひな祭りに「MC」はちょっと不似合いでも、ミュージックフェスティバルならはそれでちょうどいいと思う。

 もう一人が言う。

 「ああ、そうだ。こっちのMCはゆかりん先輩にやってもらえばいいんだ。それであいこじゃん」

 「ああ、だめだめ」

 ゆかゆか蒲池かまち結花里ゆかりがすかさず止める。

 「え、いいじゃない?」

 「そうそう、いいじゃない!」

 ほんとに先輩に対して失礼なやつだな、この瑞城の一年生は。

 「だ! め! な! の!」

 ゆかゆか蒲池結花里も笑って、負けずに言い張る。

 「だって、ゆかりん明珠女めいしゅじょの天才少女だよ」

 いや、そんなことはないのだけれど。

 「瑞城には明珠の天才少女の脳みそを分けてほしい子がいっぱいいるんだよ? あんたたちだって欲しいでしょ?」

 「欲しい!」

 「欲しいっ!」

 だからそんなもの持ってないって!

 ふふん、と蒲池結花里が笑う。

 「だから、仮にゆかりんに司会をやってもらったとしたら、だよ。終わったとたんにみんなで襲いかかって脳みそにストロー突っこんで吸い尽くしてしまうに決まってるじゃない」

 「怖いこと言わんでください!」

 言うと、よく笑う瑞城生後輩二人がまた無遠慮に笑った。

 蒲池結花里もいっしょに笑う。

 しかたがない。

 友加理も、胸の底から、いや、おなかの底から笑った。

 何の遠慮もなく。

 その笑いが収まってから、蒲池結花里がきいた。

 「で、ゆかりんもどこかお出かけ?」

 たしかに、瑞城の制服を着ていても、着物を着ているときと同じように姿勢がいい。

 「あのさ。ゆかゆかにMC頼むことになったのって、うちの生徒がインフルエンザにかかったから、って言ったでしょ?」

 「うん」

 「その子がやっと治ったっていうんで、お見舞い行こうと思って」

 「え?」

 「治ってからお見舞い?」

 後輩たちがうるさい。蒲池結花里が

「伝染病にかかって、まだ治ってないところに会いに行ったら、こっちまで病気にかかってしまうでしょ?」

と説明すると、二人の後輩は、おーっ、と感心していた。

 蒲池結花里がはずかしそうに友加理を見る。

 友加理があらたまって言う。

 「病気のおかげって言ったらよくないけど、この子が病気で倒れたから、わたしはゆかゆかにめぐり会えた」

 「うん」

 蒲池結花里も目を細くして唇を閉じて横に引いてうなずく。そして、言った。

 「よろしく伝えてね」

 「うん」

 歩き出すために、友加理はおみやげのかごをもういちど持ち直した。

 同じように持ち直した瑞城の後輩たちの荷物のなかみはその土鍋プリンというものなのだろうか?

 「じゃあ、また」

 「また」

 「さよなら」

 「お世話になりました」

 最後は、友加理も結花里も、あの二人の後輩も、軽くお辞儀した。

 それぞれ、歩き出す。

 友加理は、うしろでまたあの瑞城の生徒たちが何か話しては笑いながら歩いて行くのを聞きながら、もう振り返らないで駅への道を下りていった。


(『友加理のひな祭り』終)

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