第88話 ゆかりんだけの特権

 「だから」

 その子と同じ制服の蒲池かまち結花里ゆかりが答えて説明する。

 「おんなじ「ゆかり」でしょ? だから、明珠女めいしゅじょの生徒会長の若尾わかお友加理ゆかりさんがゆかりんで、わたしがゆかゆか」

 その笑顔に、そして声に合わせて、小さいひだの入った瑞城ずいじょうの制服の胸のところが軽く揺れるのが、くすぐったい。

 着物を着ているときにはこんなふうには感じなかったものだが。

 それに、ほかの子が着ている瑞城の制服でもそんなことは感じなかったものだが。

 よく笑う瑞城生の一人が笑い終わって

「じゃ、わたしもゆかゆかって呼んでいい?」

と言う。ゆかゆかが反応する。

 「だめ。ゆかりんだけの特権。だいたいあんたたち後輩じゃないの?」

 「ちぇっ」

 不満そうに言って、瑞城の生徒はまた二人で笑う。

 友加理はしばらく立ち直れない。

 よりによって、「明珠のおひなさま」の総合司会を、ライバル校、それもとても仲の悪い大ライバル校の生徒に頼んでしまうなんて。

 大失態だ!

 でも、と、ここで考え直す。

 あれは大失態だった?

 うまく行ったじゃない……。

 この子が司会でなければ、あの茶道部室三人組の虚栄心をいなしてうまく決着させることはできなかっただろう。きっともっと悲惨な失敗になっていた。マジシャン部や華道部や陶芸部の子ともいろいろと話をして、アピールするポイントを聞き出していた。

 それに瑞城の子がいっぱい来て、それでなごやかで華やかな雰囲気になっていたのは、このゆかゆかが瑞城の生徒だったからだ。

 瑞城の生徒と明珠女の生徒が……と思ったところで、友加理は別のことを思いついた!

 「あなたたち、いいの?」

 前の二人にきく。

 「何が?」

 「瑞城の子が明珠の子とつき合うと、半端じゃないいじめを受けるってきいたけど?」

 二人は一瞬黙って、それから爆笑した。

 ほんとよく笑う子たちだな。

 そこに軽やかな笑い声も混じる。ゆかゆか蒲池結花里の笑い声だ。

 「まあ、そういうのがまったくないわけじゃないけど」

 蒲池結花里が答える。

 「でも、ゆかりんって、従姉妹いとこ睦生むつみちゃん、瑞城の生徒でしょ?」

 なぜ知ってる、と思ったが。

 あたりまえだ。

 高校二年生だとすれば、蒲池結花里と睦生は同学年だ。

 たぶん、あの店で、明珠女の若尾と名のったときにもうわかっていたに違いない。

 そのときに、自分が瑞城の生徒だとも、従姉妹の睦生と同級生だとも言わなかったのは、ゆかゆかもひとが悪い。

 「うん。まあ、そうだけど」

 「瑞城の生徒と明珠の生徒が会っちゃいけないんだったら、ゆかりんも睦生ちゃんと会えないよね?」

 「ああ。そういうことになるか」

 実際に、明珠女の生徒になってからの友加理は、瑞城の生徒になってからの睦生にまだ会ったことがない。

 あの子も、このゆかゆかや後輩たちと同じ制服を着てるのかな。

 この胸のところに襞飾りの入った制服を。

 メールアドレスは調べれば出てくるはずなので、睦生にも久しぶりに連絡して、会ってみようと思った。

 「でも、ゆかゆかって」

 ゆかゆかという呼び名を使う特権を認められている友加理が声をかける。

 「寮に住んでるわけじゃないよね?」

 ここでゆかゆかに会ったこともない。箕部みのべに家があって、わざわざ寮に入ることもないだろう。

 友加理は、箕部に家があっても寮生だけど、それは特殊事情というものだ。

 「ああ」

 蒲池結花里が答える。

 「今度ね、瑞城ミュージックフェスティバルっていうのをやるんだけど」

 ああ。

 このあいだ、そんなチラシをもらった。

 あれはいまも寮の部屋に置いてあるはずだ。

 「それのね。実行委員会っていうか、打ち合わせっていうか、土鍋どなべプリンっていうのを買ってきてみんなで食べる会っていうか……」

 「土鍋プリンって……」

 何だろう、それは?

 いや、実行委員会が打ち合わせになるくらいはまだいいけど、それが土鍋プリンを食べる会になるのか……?

 そういう雰囲気っていうのは、明珠女の生徒会にも寮委員会にもないな。

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