第87話 ゆっかりーん!

 布上ふかみ羽登子はとこはなかなか熱が下がらず、けっきょくおひなさまの週一週間は休んだ。

 ふだんは病気ひとつしない子だけど、疲れがたまっていたのだろうか、それとも、お嬢様だから大事を取ったのかな?

 次の月曜日から出てくるというので、その前の日にお見舞いに行くことにした。

 伝染病の相手にお見舞いに行ってはいけないようなものだけれど、登校停止の期間は終わっているということなので、いいだろう。

 前の週と同じように、雲の広がる、でも雨が降りそうでもない、よくわからない天気の日曜日だった。

 友加理ゆかり明珠めいしゅ女学館じょがっかん豊玉とよたま寮というところに住んでいる。

 友加理の家は箕部みのべにある。梅花ばいか公園とは線路をはさんで反対側に十分ぐらい行ったところだ。だから一時間もかからずに学校に通える。

 でも、生徒会長になって、休日に呼び出されたり、家の近くまで帰ったところで急に呼び出されたりというようなことが続いて、寮に入ることにしたのだった。

 寮は、隣が問題の瑞城ずいじょう女子の寮で、そこがときどきうるさいのが困ったところだが、それを除けば、暮らしやすいし、目のまえが学校だし、不満のない生活を送っている。

 布上羽登子はおカネ持ちのお嬢様なのだからメロンを買っていくこともないかと思って、そのかわり、わりと高級そうな八朔はっさくのみかんを買って来た。それを持って行く。

 寮から駅へと歩いていると、向こうから瑞城の制服を来た子がやってきた。

 ここは明珠女の寮と瑞城の寮が並んでいるので、駅に行こうとするとどうしても瑞城の子と出会ってしまう。学校の敷地を大回りすれば出会わずにすむかも知れないが、それだと二十分はかかるし、しかも駅で会ってしまう可能性も高いので、あまり意味がない。

 今日は明珠女の制服は着ていなくて、先週のひな祭りと同じ服なので、明珠女の生徒と見抜かれなければいいな、と思い、目を逸らして足早に歩く。

 相手は三人いる。

 背の低い二人が前を歩き、後ろをもう一人が歩いている。

 顔をそむけて行き過ぎようとしたところで、相手の一人がいきなり声をかけてきた。

 「ゆっかりーん!」

 とっさに頭に血が上る。一瞬、自分の存在が消えたように感じた。

 「ゆかりん」という言いかたは、あの子にしか認めていないはずなのに!

 その友加理に、瑞城のやつらは無遠慮な笑い声を浴びせる。

 「それとも生徒会長のほうがいいですかぁ?」

 別の子がばかにしたように言ってまた無遠慮に笑う。さっきより大声で笑う。

 ううっ。せっかく瑞城の子もいい子かも、と思ったところなのに、と思う。

 思ったところで、その無遠慮な笑いに聞き覚えがあることに気づいた。

 「あーっ!」

 そこで腹立ちモードを切り替える。一瞬で切り替えられた自分は偉いと思う。

 「先週はすごくお世話になりました」

 スマイルして、頭を下げる。

 それは、先週のひな祭りで、いちばん前に座って、三曲さんきょく部が三曲しかレパートリーがないとか無礼なことを言っていた、あの瑞城の二人組だった。

 二人組は返事しないでまだにやにやしている。

 「あ、いえいえ。こちらこそほんとにお世話になりました」

 こっちの二人が返事していないということは、返事したのはもう一人、後ろについてきた瑞城の生徒だろう。

 背を伸ばして、その子のほうを向き直る。

 細い頬に、うっすらとピンクのいろをにじませて、友加理のほうを見て目を細めて笑っている。

 見てじっと笑っている。

 「え……?」

 背の高さもたしかにこれぐらいだったし、髪の毛の長いのもそうだし、声も話しかたも……。

 いまはとても活動的な感じだが、服は着替えればかわるわけだから……。

 「ゆかゆか……?」

 こわごわ、言う。

 蒲池かまち結花里ゆかりは、うん、とうなずいて笑った。

 瑞城女子の制服を着て。

 まぎれもなく、明珠女のライバル校、瑞城女子の制服を着て。

 「ああっ!」

 前の「うるさい瑞城女子」の一人がはやし立てる。

 「やっぱり知らなかったんだー!」

 「あ、いや、それよりそれより」

 もう一人には別に気になることがあるらしい。

 「いまのゆかゆかって何? ゆかゆかって?」

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