第86話 みなさんの心に永遠に残ればいいな

 「さて。今年は、この街の人たちが毎年楽しみにしている明珠めいしゅのおひなさま、いつもの落ちついた明珠のおひなさまとは雰囲気の違う会になってしまったかも知れませんが」

 いや。それはゆかゆかのせいではなくて、明珠女のせい、なかでもいまの盛江もりえを含むお騒がせ茶道部室三人組のせいだ。ゆかゆかならば、いつもどおりの落ち着いた雰囲気の明珠のおひなさまであっても、立派に仕切ることができただろう。

 「はい。で、わたしが言っちゃっていいのかな、感謝のことばとか」

 友加理ゆかりのほうを向いて言う。

 友加理はうなずいて見せた。聞こえるぎりぎりくらいの声で、伝える。

 「それ、司会の役目だから。言っちゃって!」

 「はい。わたしたちを今日まで導いてくださった三年生のみなさま、ほんとうにありがとうございました。それと、いつも暖かく見守ってくださる卒業生のみなさま、卒業生のご家族のみなさま、ありがとうございます。明珠めいしゅ女学館じょがっかん第一高校の先生方、職員のみなさま、いつもありがとうございます。お父様、お母様をはじめ、いつも暖かく、そしてときには厳しく、ね、たぶんそうだと思うんですけど、わたしたちに接してくださっている家族のみなさま、ありがとうございます。大人になるまで、もうちょっとお世話になります。よろしくお願いします。そして、今日の主役の明珠女一高の生徒のみなさん、第一高校だけじゃなくって、明珠女学館全体のみなさん、箕部みのべ泉ヶ原いずみがはらの街のみなさん、そして、今日はほかの学校の生徒さんもずいぶん来てくださいましたねー」

 蒲池かまち結花里ゆかりが言うと、瑞城ずいじょう女子の一団が無遠慮に笑う。

 「ああ、いえ、ほんとはわたしもほかの学校の生徒なんですけど」

 今度は瑞城の生徒だけではなくて、ほかの人たちもいっしょに笑った。

 最初に笑った瑞城の連中は

「がんばれ!」

などと声を立てている。なんだかほんっとに無遠慮な子たちだな。

 でも、いままで思っていた、やたらとつんつんしていてさわると火傷しそうな瑞城の子、というのとはだいぶ違うようだ。

 嬉しい。

 蒲池結花里のあいさつに拍手が広がっていた。

 「はい。ありがとうございます。来年はね、また落ちついた明珠のおひなさまに戻ると思うんで、そのときにはわたしも一参加者として来させていただきたいと思いますけど」

 来年のMCほぼ確定の安野やすの夏子なつこが小さく頭を下げた。友加理ならばちょこんと肩をすくめるところだけれど、さすがにお嬢様は落ちついている。

 「あ、ちょっと待って」

と友加理が割りこんだ。ワイヤレスマイクを受け取る。

 純音の伴奏は続いている。マイクの受け渡しのあいだ、市辺いちべ正実まさみがヴァイオリンで「アメイジング・グレイス」のメロディーを奏でてくれたので、それが終わるまで待つ。

 この曲は「よくできた人間」を救ってくださる神様はすばらしいという曲ではない。道を踏みはずしたならず者でも神様は恵みを与えてくださるという歌だ。

 それは、どこの国の宗教の歌かということに関係なく、いまの自分たちにとって身近な歌だ。ハプニングもあり、悪だくみもあり、舞台で泣きそうになった子も舞台裏で泣いてしまった子もありのこの「ひな祭り」が終わりを迎える、そのときにふさわしい歌だと友加理は思った。

 友加理が言う。

 「今日は、急遽、この総合司会の役を引き受けてくれた、すみれ通り商店街の蒲池呉服店の蒲池結花里さん、今日の会を盛り上げてくれて、ほんとにお疲れ様でした。ありがとうございました」

 蒲池結花里さんに大きな拍手を、と呼び掛けるまでもなかった。本部テント前からはこれまででいちばん盛大な拍手が返ってきた。遠くの梅林のほうにいる明珠女の生徒や大人のひとも拍手しているのが見える。

 「それでは、蒲池結花里さんから閉会の宣言をお願いします」

 今度は蒲池結花里がすぐそばまで来てくれたので、すぐにマイクの受け渡しができた。

 「はい」

 蒲池結花里は、姿勢よく立って、会場を見渡してから、おもむろに話を始めた。

 その頬のうっすらした桃色が、その薄緑の着物によく映えているといまさらながらに感じる。

 「はい。今日のこの会がみなさんの心に永遠に残ればいいな、ということをお祈りしつつ、通称、明珠のおひなさま、今年の明珠女学館第一高校観梅会をここで閉じさせていただきたいと思います」

 また盛大な拍手が会場を覆う。

 純音だけが伴奏を続けていて、お騒がせ三人娘も拍手していたし、正実もヴァイオリンの弓で弦のところをたたいている。明珠の生徒はもちろん、今日は最初から最後まで何かと目立っていた瑞城の生徒たちも惜しみなく拍手していた。

 拍手の続きぐあいを見ながらだろう。純音が音楽を盛り上げて、ばん、と終わらせる。

 ほっ、と息をついて、友加理は左右を見回した。

 蒲池結花里が唇を開かないでせいいっぱいに笑って振り向いてくれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る