第82話 身勝手は、わかってる…

 正実まさみが細い声で言った。

 「留理子るりこさん、出番がほしいって」

 言われても、留理子は泣きつづけて、顔を上げもしない。

 もっとも、この「茶道部室三人組」は演技も得意で、嘘泣きで人を騙すこともときどきやるらしい。あの佳菜子かなこだけは嘘泣きがいつの間にか本泣きになってしまって自滅するけど。

 そのことを思い出して、友加理ゆかりは気もちが落ち着いた。

 いまの留理子のが本泣きであれ嘘泣きであれ、嘘泣きだと思って相手にすればいいのだ。

 「佳菜子と盛江もりえがあの蒲池かまちさんにお相手してもらったのに、自分だけ相手をしてもらう出番がないのは不公平だ、って」

 正実が説明する。

 何その身勝手、と、本人がその場にいなければ、友加理は言っただろう。

 参加登録は生徒全員に対して公平に告知している。部やサークルであればエントリーは自由だ。大きい音を出すとか、電気を使うとか、時間が長すぎるとかいう企画については変更を求めることはあるが、理由もなく拒否したり却下したりはしない。

 英語部はエントリーしなかったのだ。しかも、部でエントリーしなくても、「英語部有志」で応募してもよかったはずだ。

 「身勝手は……わかってる……」

 留理子がうつむいたまま言って、そこでぱっと顔を上げた。

 「でも、こんな会になるとは思わなかった」

 竹市たけいち佳菜子が泣いているところは一か月に一度以上のペースで見ているが、この子が泣いているのははじめてだ。

 いつもは何ごとにも動じないようなしっかりした顔をしているだけに、こんなふうに泣いているとその凄みが際立つ。赤く塗りすぎた頬の上をぼとぼとと涙が伝っていく。

 厚化粧だなぁ。

 高校生でしょ?

 「だって、去年まで、こんなふうに……MCが引き立ててくれる会じゃ……なかったじゃない……? 中学生のときから、……来てるけど……」

 それはそうだ。

 しかも、そうなってしまったきっかけは、この留理子の仲間の竹市佳菜子が、おことの出番が近いにもかかわらずぼうっと突っ立っていて楽器の準備をしなかったから、間を持たせるために始めたことだ。

 あれがなければ、例年通りの、MCは毛氈の上に座っていて、十五分か三十分ごとぐらいに案内のアナウンスを流すだけの仕事で終わっていたはずだ。

 表からはその佳菜子のお箏の音が聞こえてきていて、それがさらに留理子の神経にさわるらしい。

 「いちおうきくけど」

 もう残り時間も少ないなかで、ここで融通をきかせられるのは室内楽部だけだ。

 正実にきく。

 「室内楽部って、留理子に時間譲る気はないよね?」

 「ない」

 乾いた答えだ。それはそうだな。

 正実はさらに言う。

 「それに、英語部で、っていうより、留理子さんが時間を取ったとして、何か出し物考えてきたの?」

 町野まちの留理子はまただらんと首を下に垂れて、その首を激しく振る。あのびんが遠心力でぶるんぶるん振り回されるくらいに激しい振りかただった。

 「じゃあ、だめじゃん……」

 正実が乾いた声で言う。その通りだ。

 また、その通りだからこそ、留理子は泣いているのだろう。

 何か案があれば、泣く前に、それを実現するために全力で横車を押していたはずだ。この子なら。

 そのとき、舞台の後ろ、屏風の裏に表から見えないように設置した階段から、どすどす足音をさせて、だれかが下りてきた。

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