第81話 あのさ、あの三人組の…

 いや、戻らなかった。

 ライバル校瑞城ずいじょう女子の生徒二人がずっとついて来た。

 蒲池かまち結花里ゆかりと仲よくなってしまったのか、明珠女めいしゅじょのあら探しでもしているのか。

 しかも、李咲りさだけでなく里絵さとえも瑞城の子とときどき話をしている。

 あとでどんな噂を流されるか知らないぞ、と思ったけれど、注意はしなかった。瑞城の子全体がどうかは知らないけれど、この二人は悪い子ではなさそうだ。

 そこで華道部と陶芸部の展示を見て、ほかの部活と同じように蒲池結花里にインタビューをしてもらって、李咲が写真を撮り、里絵が話を記録して、それで純音へのおみやげに笹団子を買って帰る。

 帰りは最短コースをとって帰ったけれど、やっぱり何人も蒲池結花里といっしょに写真を撮りたいという子があらわれる。

 蒲池結花里のまわりだけ重力が強くなったように動きが遅くなる。

 途中で、あの里枝りえから、そろそろ戻ってほしいという連絡があった。

 でも、戻る前に二回ぐらい写真撮影したい子につかまり、本部テントに戻ったときにはかなり時間が経っていた。

 帰ってみると午後の三曲さんきょく部の演奏が始まっていた。つまりあの竹市たけいち佳菜子かなこの、だ。

 ついてきた瑞城の二人はまたいちばん前の席に座る。よほど三曲部のレパートリーが三曲だけなのかどうか知りたいようだ。

 蒲池結花里にはMCの定位置に戻ってもらって、純音すみねにおみやげの笹団子を渡す。

 純音は、もらうときだけ

「わあ、ありがとう」

と嬉しい顔をしたが、すぐに真顔に戻る。

 なかなか帰って来なかったので怒っているのだろうか。

 「あのさ」

 純音が抑えた声で言う。

 「あの三人組の町野まちの留理子るりこが来てさ」

 ああ。

 また、そういうのか!

 さっき里枝が連絡をくれたのもそのためだろう。

 「やっかいそうだったから、あの子に頼んでココアとかの番をしてもらって」

 「あの子」というのは里枝のことだ。見ると、生徒会の子に混じって、大人のお客さんにお茶を渡しているところだった。

 立ち姿がきれいで、しかも笑顔が初々しい。

 さすが体操部だ。

 「いま裏でさ」

と、友加理が里枝のほうを見ていることにも気づかないで純音が続ける。

 「うん」

 「裏」というのは屏風びょうぶの裏の役員スペースのことだろう。

 「いま志穂美しほみ正実まさみで相手してるんだけど」

 志穂美ではああいうのの相手はできないだろう。

 何を言っても不動の姿勢で、黙らせるには有効だろうけど、解決はできない。

 市辺いちべ正実がこういう状況にどれくらい慣れているかわからないけれど、朝、三人が来たときの反応を見ると、正実はこの三人組に純音以上の敵意をもっているようだ。

 早く行ったほうがいい。

 「うん。行ってくる」

 純音には短くそう言って、

「あ、表のほう見てて、何かあったら知らせて」

と新聞部の里絵と李咲に伝えて里枝に合流させる。

 ふだんのおひなさまでは必要ないかも知れないけど、今年は里枝、李咲、里絵みたいな子がいてくれて助かった。

 笹団子を純音の手の中に残して舞台裏に入ると、パイプ椅子に、あの金色っぽい派手な和服の町野留理子が座っていた。

 両手を膝の上に置いて、顔を伏せている。それも普通に伏せていると言うより、真下に向けている。びんの毛が頬を横切って垂れ下がって、凄みさえ感じた。

 その正面のパイプ椅子に志穂美が座り、その二人のあいだに横向きに市辺正実が座っている。

 正実が、友加理に気づいて、困ったように顔を見上げた。

 友加理は正実の向かいに腰を下ろした。

 留理子は泣いている。

 用意のいいことに、そのゴージャスな和服の膝の上に、布巾ふきん袱紗ふくさか手ぬぐいかハンカチか知らないけれど、白い布を置いて、涙が落ちても着物ににじまないようにしている。

 それは感心なのだけれど、その白い布のまんなかに、いくつも波紋が広がるように濡れ色が広がっている。

 よほど涙をこぼしたらしい。これだったら着物にまで涙がみているだろう。

 何があったのだろう?

 正実が留理子の肘を押して何か促したが、留理子はそのまま泣きつづけている。

 正実が困ったように顔を上げた。志穂美の顔を見たが、志穂美も困ったような顔で留理子の頭を見ているばかりだ。

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