第79話 原点にかえった、って感じです

 蒲池かまち結花里ゆかりは、たとえまちがったてかたをしていても、そんなことは感じさせず、落ちついて点てている。

 とうとうお客さんにお茶を飲んでもらって互いにお辞儀をするところまでやった。

 お客は、明珠めいしゅの子が二人と、あとは大人の人だ。

 未遠びえんかくの建物から下りてきても普通にしているということは、少なくとも飲めないようなお茶ではなかったということだ。

 蒲池結花里も、これからのお手前を待っている人がいる庭に下に下りて、西部にしべ盛江もりえにきれいに頭を下げた。

 西部盛江もあわてて頭を下げている。

 ちょっとかすれた声をかける。

 「あ、蒲池さん、ちょっと待ってください」

 このに及んでまちがい捜しをしようというのだろうか?

 だったら止めよう。

 ここにも瑞城ずいじょうの生徒がいる。

 なぜか朝より人数が増えている。

 瑞城の子ばかり気にすることはないけれど、あまりみっともないことをしたら、瑞城の子に明珠女の子はいじわるだと噂を流される。

 もちろんほかの人の印象も悪くなるだろう。明珠女の子はいじわるだったよ、という書き込みがネットに流れて、受験生の偏差値が下がったりしたら、生徒会の責任だ。

 盛江は蒲池結花里にもう一度毛氈もうせんの上に上がってもらおうとしたようだけれど、蒲池結花里にうまく伝わらなかったようで、けっきょく自分が下りてきた。

 二人ともずっと正座していたあとの立ち姿が見事なのはいいのだけれど。

 「あの……」

 盛江が話し始めた。

 つっかえながら話す。

 「蒲池さんが、お茶を点てているのを、見ていて、わたしが、お茶を始めたころのことを思い出しました」

 「はい……」

 それは、初心者のように下手だった、と言いたいのだろうか。

 「わたし、まだ幼稚園ぐらいのときに、おばあちゃんのお友だちって人がうちに来て、それで、その人がお茶の先生で、お茶を点てて見せてくれたんです。その姿がすごくきれいで、それに、なんていうのかな、きらめいている感じで、印象に残って、それで、わたしも家の人に頼んでお茶をはじめさせてもらったんです」

 そのときの幼稚園児のわたしより下手だった、とか言ったら、スカートの前を持ち上げて駆け出してその勢いで蹴ってやろうと思う。

 ……と、純音すみねならば思ったであろう、と、友加理ゆかりは思う。友加理はそんなみっともないことはやらない。

 でもそういう話に進むのではなさそうだ。

 「そのときのおばあちゃんのお友だちって人の姿を、いま蒲池さんがお茶を点ててるのを見て、ずっと思い出していました。なんだか」

 照れ笑いする。

 「原点にかえった、って感じです」

 「ああ、いや」

 蒲池結花里が声をひっくり返している。珍しい。

 「いや、わたしも教えていただいたことぜんぜん守れないで、いろいろまちがえて、いろいろあわてて」

 「いえ」

 西部盛江は目を伏せた。

 「わたし、先生に教えてもらったとおりやらなきゃ、後輩に手本見せなきゃ、それに、外国の人に見てもらってもはずかしくないように点てなきゃってそればっかり考えて、だいじなことを忘れてた気がします。それをいまの蒲池さんのお手前で思い出させていただきました。ありがとうございました」

 目を伏せたままの姿勢で頭を下げる。

 蒲池結花里も、何も言わないで、同じように頭を下げた。

 二人ともきちんときれいに頭を下げている。

 もし勝敗ということを考えるならば、それは明らかだった。

 太っていて背もそれほど高くない盛江に対して、蒲池結花里のほうがスタイルがよくて、立っている姿がりりしい、というぶんを割引しても、だ。

 もっとも、盛江もみっともない敗者ぶりではなかった。

 手前の席に座っている人たちが動かないのは、こういうのに拍手していいかどうか迷っているからだろう。

 でも、向こうの席にいた、明珠女の三年生らしい人が拍手した。それはさざなみが立つようにほかの席にも伝わって行った。

 瑞城の子もいっしょに拍手している。

 ああ、よかった、と友加理は思った。

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