第78話 だいたい言いたいことはわかった

 志穂美しほみを連れて行くかどうかは迷った。

 志穂美も心配なはずだし、西部にしべ盛江もりえの「いじめ」がエスカレートしていたら、志穂美がいてくれたほうが相手をしやすい。

 志穂美は太っているので、何も言わずに立っているだけで威圧感があるから、なんてことをこんなときに考えてしまうなんて、女の子は残酷だ。

 でも、やめる。

 純音すみねが自分の部で出演中、友加理ゆかりもこの場にいないときに、志穂美まで連れて行ってしまうと生徒会役員が本部にいなくなる。それでは、たとえばいまのようにOGが訪ねて来たり、あと何か本部に用がある人が来たりしたときに、応対できない。

 それで里絵さとえ里枝りえを連れて茶道部の会場まで下りて行く。

 だれも着物を着ていなかったのは幸いだった。急いで行くことができたから。

 空は晴れる気配がなく、あいかわらずどんより曇っていたけれど、雨が降り出す気配もない。

 石段の坂を下り、水の流れに沿った林のなかの石畳を抜け、茶道部の会場に着いた。

 未遠閣びえんかくという。情緒のある、いなかの家を模したような建物だ。

 石橋を早足で渡ってなかに入る。

 蒲池かまち結花里ゆかりのことだから、泣いたりはしていないだろうと思うけれど……。

 ところが、入ってみると、伝えられたのとようすが違っていた。

 緋毛氈ひもうせんの上では、別にあわてるでもなく、蒲池結花里が優雅にお茶をてていた。

 絵になっていた。

 背後の暗さ、まわりの竹林、そして池に流れこむ小川のせせらぎの音まで含めて、お茶というのはこう点てるんですよ、という理想があるとしたら、その理想の写し絵のようだ。

 蒲池結花里の茶筅ちゃせんがお茶を混ぜる涼やかな音は、ほんとうにその茶筅が立てている音以上に鮮やかに聞こえる。

 その音は、竹林や、この未遠閣という建物としずかに響き合っていた。

 やっぱり美しい。

 スタイルも、身のこなしも。

 それで、西部にしべ盛江もりえはと見ると、端の畳のあたりに座って、そのようすをぼんやり見ている。

 いや、ぼんやり、というより、じっと見ている。

 でも、それは、アラを探してあとで指摘して恥をかかせてやろうという敵意のこもった目線とは違うようだった。

 カメラを持って見ている新聞部の一年生がいた。

 里絵の同級生で、深沢ふかざわ李咲りさという。

 こいつは、活発なときと不活発なときの落差が激しく、活発なときにはノリすぎて信じられないくらいいいかげんなことをやり、不活発なときには怠惰すぎてやっぱり信じられないぐらいいいかげんなことをやる。それで友加理を激怒させたことも一度や二度や三度や四度ではない。たぶん十度以内には収まらないだろう。

 そのおかげで、友加理には「怒ると怖い」というよけいな評判が立ってしまった。こいつのせいだ。

 でも、根はいい子で、いまは信頼していいと思う。

 そこでその李咲にどうなったのかきいてみる。

 「いや、一回めのお手前が終わったところで」

と、李咲はひそめた声で説明してくれる。

 「蒲池さんが、西部さんにいちばん大事なところを教えてください、って頭を下げて、それで西部さんが一通り教えたんですよ。そうしたら……」

 「きちんと教えられた通りに……?」

 だとしたら、蒲池結花里は、ゆかゆかなどと呼ぶのがおそれ多いほどの天才だ。

 「いや、やっぱりいろいろまちがってるんですけど」

 「うん」

 ああ、あのゆかゆかが自分とかけ離れた天才でなくてよかった、と思う。またその気もちを瞬時に封殺ふうさつする。

 「でも……」

 李咲は、言いかけてぱっと顔を上げた。うつむいて何かもの憂げに見える蒲池結花里の顔をすばやく写真に撮る。

 何をやっていてもシャッターチャンスは逃がさない。たとえ実質上の部長としゃべっていても。

 「うん。だいたい言いたいことはわかった」

 友加理が言うと李咲は黙った。

 人の考えていることのよく伝わる、利発な子だ。

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