第76話 よかった、ってことじゃないの?

 「うまく乗り切ったじゃない?」

 本部テントにやって来た大柄な着物の人に声をかけられて、友加理ゆかりはどきっとした。

 でも、顔を見上げて、友加理はほっとした。

 「ああ、クララさん」

 去年の生徒会長の加峰かみねクララさんだ。

 お父さんがドイツ人、お母さんが日本人だが、生まれ育ったのは明珠女の近くだという。着物を着ても似合うし、長い時間正座していてもきれいに立ち上がるし、両親日本人の子でもここまでできる子はとても少ないだろう。

 安心はしても、これからいろいろとお小言を頂戴ちょうだいするのかも知れない。友加理は気を引きしめる。

 「なんだかそうぞうしい観梅会かんばいかいになってしまいました」

 「いいんじゃない?」

 クララさんは笑う。その笑いが謎めいているのは、非難がこめられているのか、いないのか、まったく読み取れない。

 「それぞれ学年の個性だよ。それに、あの子」

 いまはマジシャン部の手品の司会をしつつ、その手品を見て驚きの声を上げている蒲池かまち結花里ゆかりのほうを見て、クララさんが言った。

 「いいじゃない? 友加理が見つけてきたの?」

 「見つけてきた、っていうか……」

 怒られるんじゃないか、と思うと、友加理はひとりでに首をすくめた。

 「あの子のいるお店で、何度かアクセサリーとか買ったことがあって」

 「まあ、ふう子ちゃんが引き受けてくれたところで安心しないで、代役候補は考えておくべきだったね」

 やっぱり言われた。

 「でも、いい人選だったと思う、わたしは」

 クララさんが言うので、友加理が逆に

「でも、明珠めいしゅのなかで探せなかった、っていうのが、ちょっと……」

 「ふふっ」

 クララさんが肩をすくめる。

 「着物着るのに自信持ってるのはあの三人組だけど、あの子たちじゃ四時間はもたせられないし」

 「着崩れる、ってことですか?」

 「そうじゃなくて、どっかでがまんできなくなってボロを出すってこと」

 つまり、純音すみねが心配していたのと同じようなことだろう。

 「市辺いちべなんかも適任なんだけど、面倒くさがりだからね」

 だいたい判断は友加理と同じということだ。友加理はほっとする。

 「それに、あの子の司会で、瑞城ずいじょうの子たちも楽しんでくれたみたいじゃない」

 ああ、やっぱりクララさんは見ていたんだ。

 「明珠女の生徒主催のイベントで瑞城の子があんなに楽しんでくれたことってあった? で、瑞城の子が楽しんでくれるってことは、ほかの学校の子とか、街の人とかも楽しんでくれてるってことだよ」

 瑞城はライバル校で、その生徒は明珠女に悪意を持っていたりするので、その子たちでも楽しんでくれるなら、ということだろう。

 「それ考えると、よかった、ってことじゃないの?」

 「でも、今年でおひなさまの雰囲気が変わっちゃって」

 クララさんはふふふんと息を漏らして笑った。クララさんは大柄なので、「ふふふん」という笑いでも何かパワーのある感じだ。笑ってから

「来年は安野やすの夏子なつこちゃんでしょ? また変わるって」

と言う。そう言って、クララさんは行ってしまった。

 その安野夏子は放送部で、「大お嬢様」だけど、今日は音響スタッフの一員だ。

 最初は本部にいたが、いまは会場のあちこちのスピーカーのようすを見て回っている。つまり今年のおひなさまの雰囲気をいろんな場所で感じ取れる立場にある。

 だったら、「大お嬢様」の感性だけでなく、今年の雰囲気も考えに入れて、来年はイベント作りができるはずだ。

 そんなことを考えていたところに、舞台裏から益守ますもり志穂美しほみが出てきた。

 言っては悪いが。

 だから言わないが。

 このお祭り気分の「おひなさま」の雰囲気のなかで、この志穂美の周囲だけが異質だ。

 華やかさが消えて、ふだんの学校の教室のよどんだ空気が取り巻いているように見える。

 着ているのも、この子だけが制服だ。

 そういう子なんだから、しかたないけど。

 「あの……ちょっと」

 志穂美があの通りの悪い声で言う。

 「うん」

 「茶道部のほうが文句言ってるらしくて」

 「ああ」

 きっとあの三人組の一人西部にしべ盛江もりえだ。

 あの三人は、仲はよくていつもいっしょにいるけれど、一人ひとりが向上心が強い。言い換えれば嫉妬深い。「向上心が強い」がいつも「嫉妬深い」と言い換えられるとは思わないけど、この三人組に関してはいつもそうだ。だから仲間内の足の引っ張り合いもひどい。

 それで、根拠もなく言う。

 「佳菜子かなこが目立ったのに盛江が目立てない、って文句が出てるんでしょ?」

 「うん」

 当たった。

 どうせなら、もう少し嬉しいことが当たればよかったな、と思うのだが。

 「こちらのステージに関心が集まりすぎて、野点のだてに来る人が少ない、って言うんだけど」

 「うん」

 解決策ならすぐ思いつく。

 蒲池結花里を行かせればいい。もともとこっちの出し物を盛り上げているのは蒲池結花里なのだし、それに、さっき、野点にも行くと約束していた。

 それにしても、この志穂美はずっとテント裏でお茶を入れたりココアを入れたりしていて、外に出ていないはずだ。しかも、WiSワイエスをはじめとして、SNSやネットを使って情報を集めるというのも苦手だったはずだ。必要がないかぎりネットは見ない子のはずなのに。

 どこでそんな情報を収集してくるのだろう。

 この子もどうも謎だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る