第74話 おっけー
パイプ椅子を並べた客席にはもう二十人くらいの人が集まっていた。大人の人もいる。それだけのひとがその
イベント始まってすぐに演奏者が泣いているところを見せるのは、あんまりいいことではない。
たしかに、髪の毛の色の淡い、そしてファッションのつもりかそれとも朝急いだせいか、そのまとめてあるはずの髪の毛が中途半端に解けている痩せた女の子が、クレヨンで描いたような猫の着物で、赤い
「あのさ」
畳敷きの下から
「室内楽の二人で、お
「あ?」
純音のほうが
「それは、音楽で習ったから、普通の
と言う。
二人とも音感はいいはずだし、このあと自分たちの出番があるのでチューニングマシンも持っているだろう。佳菜子は無反応なので、
「じゃ、ふたりで
と言う。二人ともうなずいた。
お箏について「チューニング」なんて言うのか、よくわからないけど。
というより、たぶん言わないだろう。いまはどっちでもいい。
「
友加理が強く言って顔を上げさせた。
「ゆかゆかと」
あ、しまった!
言ってしまった……。
ゆかゆか
「……いっしょに、あっちで向かい合って座って」
室内楽部の二人が箏の調弦を始めている横の、空いている場所を指差した。
「何やるの?」
蒲池結花里がきく。
「佳菜子さん、中学校からこの
「だいたい、ここ、聴きに来てる人たちって、三曲部の三曲って何かわからないと思うんだ。そういうことからインタビューしていったら、そのあいだに室内楽部がチューニング終わってくれるから」
そんな予定はどこにもなかった。まったく。
「おっけー」
蒲池結花里は自信たっぷりに言い、立ち上がって竹市佳菜子に手を差し伸べた。
竹市佳菜子はよろよろと立ち上がり、蒲池結花里について行く。蒲池結花里が小声で
「マイク」
と言う。
といっても、ここの有線マイクは動かせないから、わざわざ蒲池結花里が下まで下りてアナウンスしていたのだ。手を振って純音に気づいてもらい、純音に同じように「マイク」と告げる。
純音は音響の子に合図して呼び寄せ、ワイヤレスマイクを持って来させてくれた。
なんだ、こんなのがあったのか。
もっとも発信器のまわりにぐるぐるとコードが巻きつけてあって、見映えはあまりよくない。
ワイヤレスマイクを蒲池結花里に手渡すと、蒲池結花里はステージの畳の部分のまんなかに近いところに佳菜子を座らせ、自分もきれいに正座して、マイクを手にした。
「はい。では、これから三曲部の竹市佳菜子さんに
そのしっとりした声に、座らずに広場をうろうろしていたようなお客さんも席についた。さっきからうろうろしていた
佳菜子だけでもやりにくいのに、瑞城の子がいるとさらにやりにくいな、と友加理は思う。
でも、蒲池結花里は平気だった。
「みなさん、三曲部の三曲って何かわかりますか?」
すると、ちょうど向かい側の席についていた瑞城の生徒が声を上げた。
「三曲しかレパートリーがないから!」
やっぱりこの連中は
まったくもう!
でも、蒲池結花里は笑って受け流した。
「はぁい。それはありえないですねー!」
と言うと、向こうの瑞城の子も笑っている。
「でも、わたしも三曲って何なのか知りません。そこで、竹市さんにうかがってみましょう。三曲部の三曲って何ですか?」
「あ、それは」
と言ったところで、そのコードぐるぐるのマイクを渡される。取り落としそうになって、顔を上げて。
もう一個ぐらい用意してないのかな?
ないんだろうな……。
マイクを複数使うような会じゃないからな、もともと。
「あ、あの、いくつか意味があるんですけど」
竹市佳菜子は短く詰まったが、ちゃんと答えた。会話は成立しそうだ。
詰まっているあいだに、佳菜子はマイクを持つ態勢を立て直した。
「あの。その、江戸時代に、お箏と、三味線と、尺八とで、合奏をするスタイル、っていうのがあって、それを三曲合奏って、言うんですよ。それで、ほんとうはそれを演奏するのが、この三曲部なんですけど」
「……はい」
「……いま、ここ、わたししか部員がいないので、お箏の独奏しかできないんです」
発言者がかわるごとにマイクを手渡しながら話しているので、発言のあいだに少しずつ間ができる。
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