第73話 何をやっても女の子のお祭りだからね

 「明珠めいしゅ女学館じょがっかん第一高校観梅会、開会します!」

 その蒲池かまち結花里ゆかりの声に合わせて、吹奏楽部のトランペット二人とサキソフォン二人がファンファーレを吹き鳴らし、観梅会、「明珠のおひなさま」は始まった。

 ファンファーレが終わったあと、蒲池結花里は、また、会場の案内、トイレの場所、そして「ごみは持ち帰ってください」、「わからないことや困ったことがあれば本部まで」のような案内をした。今回は茶道部の営業妨害のことは言わず、かわりに

「なお、十一時十五分から、本部テントにて、三曲さんきょく竹市たけいち佳菜子かなこさんのおことの演奏があります。ぜひいらしてください」

と一言つけ加えた。

 本部テントに一人取り残された「眠り猫」竹市佳菜子はぶすっとしてきいていた。

 もっとも、この子は、ふだんから、ぶすっとしているか笑っているかのどちらかなんだけれど。

 「おひなさまって言っても、ひな祭りをやるわけじゃないんだね」

 開会を宣言したゆかゆか蒲池結花里が、吹奏楽部員にご苦労さま的なことを言って戻って来た友加理ゆかりに言った。

 友加理は機嫌よく笑う。

 空は晴れないけど、気もちはかえってうきうきしている。

 「女子校だから、何をやっても女の子のお祭りだからね」

 「ああ。でも」

 本部にいついてしまった市辺いちべ正実まさみが話に加わる。

 「音楽系は多いよ。おひなさまというと、三人さんにん官女かんじょとか五人ごにん囃子ばやしとかだし、そういうところはひな祭りっぽいんじゃないかな」

 友加理がつけ加える。

 「場所が場所だけに、軽音系とか、あと吹奏楽部全体とかはできないけど」

 「ええ」

 蒲池結花里が営業スマイル的な笑みを浮かべる。

 「室内楽とか、ギター‐マンドリン部とか、あと三曲部とかでしたよね?」

 「ああ……」

 「そういえば、三曲部、そろそろ準備しないといけないよね」

 蒲池結花里が言ったので、友加理と正実が同時に何か言いかけ、黙る。

 そのあいだに、蒲池結花里は竹市佳菜子のところに行ってしまった。

 友加理と正実と、その二人とも言いたいことは同じだったはずだ。

 「あ、ほっとけばいいんだよ」。

 それを言わなかったために、蒲池結花里は、一人で動かずに固まっていた竹市佳菜子に語りかけた。それで魔法がかかったように動かなくなっていた竹市佳菜子は魔法を解いてもらったかのように動き出した。

 蒲池結花里が佳菜子といっしょに横に立てかけてあったおことを下ろす。

 そういえば……。

 お箏って、楽器を出してすぐに弾けたんだっけ?

 「あ……」

 お箏ってこれから琴柱ことじを立てて音合わせしなければいけないんじゃないのか?

 間に合うのか?

 竹市佳菜子があっと声を立てている。

 こういうときに、あの三人組の残り二人はそばにいない。

 西部にしべ盛江もりえは茶道部の野点があるからしようがないけれど。

 それに、いたから役に立つというものでもないけど……。

 友加理だけではなく正実も気づいた。音楽系の部活をやっているのだから当然だろう。

 音響のところでWiSワイエスを使って会場のあちこちと連絡をとっていた岡村おかむら純音すみねも気づいた。

 十一時から、まず生徒会長と実行委員長のあいさつがあり、それから開会宣言をする。そのあと案内放送とかをやっていたら、十分ぐらいはすぐに経つ。

 十一時十五分からが出番なのなら、ほんとうは、そういう行事の後ろで佳菜子は黙々と準備をしていなければならなかったのだ。

 だから、開会前に竹市佳菜子には「準備に入って」と言っておいたのに!

 三曲部は、去年は一年生しか部員がいない、つまりこの竹市佳菜子しか部員がいないということで、このひな祭りには参加しなかった。だから、段取りがわかっていなくても、無理がないと言えば無理がないのだが。

 竹市佳菜子に純音と正実と蒲池結花里が加わって何か相談している。佳菜子が泣きそうになって箏の前に手をついている。

 意地悪なくせに、すぐに泣きそうになるんだよ、この子。

 しかも、嘘泣きではなく、すぐにほんとうに泣いてしまうのだ。

 黙って見ていて情勢が何かよくなるわけではないので、正実につづいて、友加理も行く。

 「開始遅くなったっていいじゃない? そんなのでスケジュール破綻するわけじゃないんだからさ」

 正実が言っている。純音も

「時間はまだ余裕あるからさ、調弦やっちゃおう」

と言う。これまでこの佳菜子をひどく警戒していたにしては二人とも親身だ。

 純音と正実とこの佳菜子、それにあの三人組の残り二人も中学からいっしょだ。

 その関係は、編入生の友加理にはどうにもよくわからない。

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