第72話 やっぱりすごいですよね!

 着物の三人組が、坂を上がってきて、こちらへと向かってくる。

 白っぽい地にまりの絵がちりばめられた着物を着ているのが茶道部の西部にしべ盛江もりえだ。「ちょっと太った」という「ちょっと」が不要なくらいに太った体をしているが、着物を着て歩く姿に隙がない。

 濃い山吹色のゴージャスな着物が英語部の町野まちの留理子るりこで、もし可能なら金箔の着物でも着たかったという気もちがこっちまで伝わって来る。

 そして、水色の地に……。

 なんだぁ?

 猫が斜めにうずくまって寝てる絵がたくさん描いてあるぞ。

 水色の地に。

 しかもクレヨンで描いたような、子どもの絵みたいな……。

 この着物で箏曲そうきょくを弾くのか? 三曲さんきょく部の竹市たけいち佳菜子かなこは!

 何にしても、三人揃って、これが話題の茶道部室三人組だ。

 「さっき、営業妨害とか言ったから、さっそく来たんじゃないかな」

 正実まさみが言って、向こうで音響チェックしている純音すみねを呼ぼうとする。

 友加理が手を振って止めた。純音が来て三人組と言い争いになったら、開会前からひな祭りの印象を台無しにしてしまいかねない。いまは明珠女めいしゅじょの生徒以外のお客さんも本部前にいるのだ。

 三人組の目当てが蒲池かまち結花里ゆかりだということはまちがいない。

 まじめな、というより、不機嫌そうな顔をして、三人は蒲池結花里のところに近づいてくる。

 「あーっ!」

 でも、先に声を立てたのは蒲池結花里のほうだった。

 「かわいいですね、着物の猫ちゃん!」

 「あっ……」

と竹市佳菜子が立ち止まってことばを失っている。

 西部盛江と町野留理子もいっしょに立ち止まって、その佳菜子をじろじろと見ていた。

 「あ、あの、紹介する」

 友加理ゆかりが割って入った。

 「茶道部の西部盛江さんと、英語部の町野留理子さん。で、そのかわいい猫ちゃんが三曲部の竹市佳菜子さん」

 いや竹市佳菜子は猫じゃないんだけど。

 かわいいかどうかは……追及しないことにして。

 一定、かわいいとは思うな。

 一定、だけど。うん。

 「ああ、町野留理子さん」

 蒲池結花里は、留理子の名を繰り返して、ぽっ、と頬を赤くした。

 「中学校の英語スピーチコンテストで入賞されたんですよね! すごいなぁ。明珠の人ってやっぱりすごいですよね!」

 「あ、ああ……」

 反論を思いつく。

 明珠のすごい人というのは、猫が居眠りしているかわいい柄の着物を着てくるものなんだろうか?

 ちがうとおもうんだけどなぁ……。

 向こうで純音が

「あっ」

と声を立てて振り向いている。

 いまさら遅い。目配せして小さく首を振って見せる。

 この三人は、正実の言うとおり、さっきの「茶道部の営業妨害」発言をネタに絡みに来たのかも知れない。

 だとしたら、いまの出端でばなの挫きかたはたいしたものだ。竹市佳菜子と町野留理子を褒めて、出足を止める。そうしておいて、西部盛江に声をかける。

 「西部さんは茶道部ですよね」

 「あ……はい……」

 盛江は守勢に回っている。

 「野点のだては十一時三十分、十二時三十分、一時三十分でしたよね?」

 「あ、はい……」

 「たのしみにしてるんですよ。時間を見て、うかがいますね」

 「あ、はい……」

 何も言えなくなってしまった。

 「わたしも新聞部引き連れて取材に行くから」

 友加理が言った。

 「あ、うん……」

 西部盛江は友加理に対してもことばが出せなくなった。友加理が続けて言う。

 「竹市さんは十一時十五分からと一時十五分から演奏よね?」

 「あ、はい……」

 もじもじしている。

 ふだんから何を考えているかわからない子だけど、ふだんはもじもじしたりはしない。猫がかわいいと言われたのがまだ効いているのだろうか。

 「じゃ、竹市さんは準備に入って。西部さんは野点の準備だよね。当然ながら蒲池さんはこの会は初めてで司会やってるんだからね。三人ともよろしくね」

 三人組は黙る。互いに顔をうかがい合って、最初に町野留理子が

「よろしくお願いします」

と言い、あと二人がつづいて

「よろしくお願いします」

を言う。蒲池結花里も

「よろしくお願いします」

と言って頭を下げた。着物を着たときの美しさはもとより、その立ち居振る舞いの美しさでも、蒲池結花里が断然勝っている。

 そのうえ、箏曲の準備で竹市佳菜子が引き離されるのだから、三人組は戦力大幅ダウンだ。

 開会前ではあったけれど、最初の争いは蒲池結花里の勝ちだった。

 横で目立たないように様子をうかがっていた浅葱あさぎの着物の市辺いちべ正実がほっと大きく息をついたのがわかった。

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