第68話 ゆかゆかがもともとがさがさなんて

 それで、どうしてゆかゆか蒲池かまち結花里ゆかりがそんなことを考えたのか、思いつく。

 友加理ゆかり明珠女めいしゅじょの中学校にいてそこで「かん子」と呼ばれ、そのまま明珠女の高校に上がってきたと思っているのだ。

 だから、友加理は蒲池結花里に言う。

 「あ、わたし、中学校は明珠女じゃないから」

 「え?」

 蒲池結花里は驚く。

 「でも明珠女って中高一貫でしょ?」

 「明珠女は高校でだいぶ編入があるからね。わたし、その編入生」

 「ああ」

 蒲池結花里は大きく息をついた。着物で大きく息をつくとそれだけ肩が落ちるのがわかって、くすぐったい。

 「編入生で生徒会長なんだ。すごいね、ゆかりん」

 「ゆかりん」初使用だ。

 友加理は微笑した。

 「上の学年の生徒会長がすごい人でね。成績もよくて積極的で。だからだれも後継者になりたがらなかったんだよ」

 その「上の学年の生徒会長」は、加峰かみねクララさんと言って、ドイツ人とのハーフだという。この人こそ、明珠女の中学校でエリートで、そのまま高校でも一番でいつづけた。勉強でもスポーツでも、何をやっても万能の人だった。

 いや、「だった」ではなく、たぶんいまもそうだ。いや、「たぶん」ではなくていまでも絶対にそうだ。

 クララさん、今日も来るだろうな、と思うと、思わず身が引きしまる。

 「なに、今年の生徒会は着物で司会のできる子を一人も出せなかったわけ?」なんて詰め寄られたらどうしよう?

 クララさんは、去年のこのひな祭りのMCも務めて、黄色というより薄山吹色の着物を着て、端正にここに座っていた。

 今年は、ゆかゆかと自分とで力をあわせて、二人で去年のクララさんに負けないようにしなければ、と思う。

 「すごいって言ったらさ」

 友加理が言う。

 「ゆかゆかこそ、高校生なのにお店で働いてて、しかも応対とかすごく上手で。もっと大人の人かと思ったよ」

 ゆかゆか初使用だ。くすぐったい。

 「ああ」

 声を上げて蒲池結花里は表情を崩して笑った。それは「ゆかゆか」と呼ばれたことのくすぐったさに反応しただけではなさそうだ。

 「あれは、バイト代につられて」

 「はい?」

 「だからさ」

 蒲池結花里は顔を伏せてあいまいに笑って、ささやくように言った。

 「わたし、足がしびれないんだよね。まあまったくしびれないっていうわけじゃなくて、しびれたときにごまかす方法を知ってる、ってことなんだけど」

 そんな便利な方法があるのだろうか。それだったら、来年の一年生にそれを伝授しておいてほしい。

 ああ、いや。来年は「二大お嬢様」の片割れの安野やすの夏子なつこちゃんだから、そんなのは伝えなくてもうまくやるだろう。

 「もともとがさがさした性格だからさ。小さいころから、何かやったら、お母さんに、いいって言うまで正座してなさい、って言われて。それで慣れちゃったんだよね」

 「いやいや」

 友加理は首を振る。

 「ゆかゆかがもともとがさがさなんて、ぜんぜん信じられないよ」

 繰り返し語が多いと自分で思う。

 「それがそうなんだって!」

 蒲池結花里は笑った。

 「それでさ。お母さんはわたしを明珠女に通わせれば落ちつくのに、って、ずっと明珠女に入れたがってたんだよ。でもわたしの成績じゃ、当然、無理で。だから、今度のこのお話をもらって、あ、そうだね。母はすごい喜んでたよ」

 「あ、そうだね」というのは、他人に対しては「お母さん」ではなく「母」と言うべきだと気づいたからだろう。

 友加理は他人にでも「お母さん」と言っているけれど。

 では、いま蒲池結花里はどこの学校に通っているのだろう。

 きいてみたいと思ったけれど、そのとき、向こうから女の子がやってきた。

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