第67話 じゃあ、ゆかゆかでいい?
「おはようございます」
とあいさつした。
何をあらたまって、と思うが、友加理も頭を下げて
「おはようございます。今日は一日、よろしくお願いします」
とすましてあいさつする。蒲池結花里も
「よろしくお願いします」
とお辞儀した。
その姿はこの場に
友加理が誂えたのだけれど。
この子を。
顔を見合わせてくすんと笑う。二人とも。
今日は天気はもちそうですね、というような話をしようと思っていたのだけれど、やめた。
「開会の三十分前でよかったのに」
蒲池結花里が腰かけていた横に、友加理も腰を下ろして、コートと鞄とを置く。
「でもだってうちの近所だし」
蒲池結花里は笑った。
「それに、友加理さん、最初に来るでしょう? 責任感強いから」
「ああ……」
責任感はそんなに強くない。手を抜けるところでは大胆に抜いてしまうタイプだと自分では思う。
「いや、どうして結花里ちゃんは……」
と言ったところで、友加理は詰まった。
「あ、ごめん。わたしは友加理さんって呼んでもらったのに、いきなり結花里ちゃんって……」
それにしても、どうしていきなり「ちゃん」になってしまったのだろう?
大人っぽいと言えば、この子は、接客の物腰もちゃんとできていて、この子のほうが大人っぽいのに。
「ううん。そのほうが嬉しい」
「結花里ちゃん」は首を小さく振って言った。
「でも、どうせだったら、互いに呼びかた決めようか? ふたりとも「ゆかり」じゃややこしいから」
言って、いたずらっ子のように口を開き、それから目を細めて笑顔を見せる。
こうかんたんに、思っていたほうに話が行くとは思っていなかった。
「じゃあ、ゆかゆかでいい?」
口に出してみると、ちょっと言いにくいかな、と思う。でも蒲池結花里は目を細めて
「あ、それ、いい! いままでだれも思いつかなかった。嬉しい」
と言う。
だれも思いつかなかった、というのは、へん、ということじゃないか?
そう思ったけれど、そのまま受け取ることにした。
「でも、友加理さんのほうは」
ゆかゆか蒲池結花里はしばらく考えた。
「ゆかりん、って考えたんだけど、ありきたりかな?」
「いや、ありきたりオッケー」
友加理はすぐに応じた。
「中学校のときに、だれかがやっぱり「ゆかりん」っていうのを考えて、でもそれじゃひねりがないからって友だちが言い出して、中途半端にひっくり返されて「かりゆん」になって、なぜか「かゆりん」になって、しかもそれで止まらなくて、いつの間にか途中が抜けて「かん」になって、「かん子」になって……自分でもだれのことかよくわからなくなって」
ふふっと笑う。いまとなっては懐かしい思い出だ。
「だから、ふつうに、ゆかりん、で嬉しい」
「じゃ、決定」
言って、声を立てて笑った。この蒲池結花里は、こういう笑い声を立てるとあんがい品がない。でもそれを言い換えると親しみが持てるということで、だから「ゆかゆか」というあだ名が似合っていると思う。
「じゃ、いまでも明珠女ではかん子ちゃんって呼ばれてるんだ」
「あ、いまはそんなことなくて」
過去にも、「かん子」はあっても、「かん子ちゃん」はなかったな。
それに、新聞部に入って、生徒会長になって、そういうあだ名で呼んでもらえる雰囲気でもなくなった。
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