第65話 それだったら着物はパッチリだね

 学校の場所は離れているが、最寄り駅は同じなので、泉ヶ原で明珠女めいしゅじょの生徒と瑞城ずいじょうの生徒が出会うことは多い。

 でも、だいたいは相手を無視して通り過ぎ、相手とは少し距離をあけるというのが普通だ。

 あくまで噂で、確かめた子は友加理ゆかりの知るかぎりいないが、瑞城女子には「不純学校間交遊調査委員会」とか「糾明きゅうめい委員会」とかいう秘密組織があるという。

 明珠女の生徒と親しくした瑞城の生徒はそのメンバーに呼び出されて「査問」を受ける。それで「不純学校間交遊」と認定されると、翌日から学校のだれにも口を利いてもらえなくなったり、ひどいいじめの対象になったりするらしい。

 明珠女のほうにはそんな習慣はないけれど、瑞城の子と親しくするのは避ける雰囲気はあった。

 いまのだって、相手の子はこちらが明珠の生徒だと見分けられていたら、チラシは渡さず、そっぽを向いて気づかないふりをしただろう。立場が逆でもそうする。でも、コートを着ていて明珠の制服が見分けられない上に、暗かったので、思わずチラシを渡してしまったのだろう。

 友加理も、蒲池かまち結花里ゆかりのことで頭がいっぱいで、気づかないまま受け取ってしまった。

 でもそれはそれでよかったな、と友加理は思った。ここで、じろっ、と相手をにらみつけて通り過ぎたりしたら、友加理の立場が立場だ。あとで、明珠女の生徒会長が瑞城の生徒を無視して通り過ぎた、なんて言われたら、またトラブルのたねになりかねない。

 瑞城には同い年の従姉妹いとこがいる。

 ふだんのつきあいはないので、瑞城の子がその従姉妹を通して友加理のことを知っているとは思えないが、もしかすると瑞城には友加理が生徒会長だとわかる子がいるかも知れない。

 とりあえずその「瑞城ミュージックフェスティバル」のチラシを鞄にしまおうと、歩きながら鞄のファスナーを開けたら、ピンクのケースをつけたスマホが目に入った。

 ああ、そうだ。あの子たちに連絡しておかないと、と思う。

 とりあえずチラシをしまい、跨線橋こせんきょうの上に上がってから、友加理はWiSワイエスの画面を開き、純音すみね志穂美しほみにメッセージを送った。

 「成功。箕部のすみれ通り商店街の蒲池呉服店の蒲池結花里さんがMC引き受けてくれました」

 「資料も渡してスケジュールの説明も終了。とくに問題ないということ」

 そう書いて、スマートフォンを鞄にしまうと、友加理は足どり軽く跨線橋を下りた。

 返事は、先に志穂美から来た。

 「了解です」

というかんたんなものだった。

 志穂美のばあいはいつもそうだ。ただ、志穂美は返事までに時間のかかる子なので、返事が早かったのが意外だ。

 純音からの返事はそれより遅く、友加理が部屋に戻ってからだった。

 「あー、呉服やさんの子なんだ。それだったら着物はパッチリだね(+勝利を祝する絵文字……らしい絵文字)」

 なによ「ッチリ」って……? この子は相変わらずだなぁ。

 「ありがとう。ごくろうさま(+意味のよくわからない絵文字)」

 そう書いて来たので、友加理も

「どういたしまして」

と志穂美と純音の二人に返事する。

 布上ふかみ羽登子はとこからはお詫びのメッセージが来ていた。

 昼間は病院にいて連絡できなかったという。体調管理の失敗だと謝るので、インフルエンザなんてウイルスが漂っていればかかるものなんだから気にしないで、と返事を送る。

 あの岡村おかむら純音が相手ならば、また湯上がりに暖かくしないで夜更かししたんだろう、もうちょっと体調管理しっかりなさいよ、とでも思うのだが、お嬢様の羽登子でそういうことはあり得ない。

 友加理は、かんじんの自分がまちがったりしないように、自分も資料を読み直して、早めに寝ることにした。

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