第62話 はい…恐れ入ります
「テーブル、あったほうがいいですよね?」
相手の子は、畳のところに上がると、
「あ、ええ」
たくさんの晴れ着や芸術品のような反物に囲まれてコートを脱ぐ。
いや、「芸術品のような反物」ではなくて、反物というのは「芸術品そのもの」なんだろうか?
よくわからない。
コートをきちんとたたんで体の前に持つ。それだけでも緊張する。
それで。
コートとマフラーと鞄を持ったまま、靴を脱ぐのって、どうすればいいんだっけ?
「ああ、鞄やコートは畳の上に適当に置いてください。コートはあとでお掛けしますから」
そう言った相手の子は、もうどこかから大きな和室用テーブルを抱えてきていた。あの実行委員会室の会議室机より大きいし、重そうだ。それを体の前いっぱいに抱えて、すばやく足を動かしている。和服でそんなことをして転ばないのだろうかと思うけれど、そんな気配はなかった。
言われたとおり、コートとマフラーと鞄を置いて、畳のところに上がったときには、店番の少女はテーブルを畳の上に置いていた。畳の縁や目ときちんと方向を揃えている。
座布団を、お客側と自分の側の両方に出して、それから友加理に向かって顔を上げる。
「よろしかったらコートお掛けしますね」
「あ、はい」
コートを差し出すと、相手の子は少し首を傾け、小さく唇を開いて小さく
「マフラーも」
と言う。
「ああ」
とマフラーも差し出すと、その子はきれいにコートとマフラーをハンガーに掛けて、それを表からは見えない店の奥に掛けた。
「あ、ほんとに、
言って、くすっと笑ったのは、コートを脱いで友加理の制服が見えたからだろう。
「どうぞお座りください」
友加理は、土間から畳のところまで上がり、そのあいだにコートを脱いだだけだ。そのあいだに、この子は、店の奥からテーブルを抱えてきてそれを置き、座布団を出し、友加理のコートとマフラーを掛けてくれた。それだけたくさん動いていながら、着物の着付けは崩れていない。
あの純音だったら、これだけ動けば、それだけで襟はゆるみ帯は下がり、かなり着くずれてしまっただろう。自分でも、それは純音よりはましだろうけど、程度の差だけで同じようなことになっていたと思う。
相手は目のまえに当然のようにきちんと正座して座っている。友加理は、どんと腰を下ろさないように気をつけ、座布団に正座した。
相手の子の立ち居振る舞いのきれいさを見たあとだけに、どうしても緊張する。
相手の子は目を細めて笑った。
「よろしかったら、足を崩して、楽にしてください」
「あ、はい……恐れ入ります」
「恐れ入ります」というあいさつが存在することは知っていたが、実際に使ったのは久しぶりだ。初めてかも知れない。
それが、この子を前にすると、すっと出てきた。
勧められたとおり、軽く横座りする。相手の子は顔を上げて、友加理を見た。
頬の白とほんのりした赤との美しい色合いは、着ている着物の照り返しだけではないだろう。
相手の子が
「あの、わたし」
と言ったところで、奥の暖簾から背筋を伸ばした女の人がお盆を持って出て来た。
落ちついた色の和服を着て、縮れた髪の毛を後ろにまとめている。パーマをかけているのかどうかはわからない。
体にはややお肉がついている。動きも相手の子のように優雅ではないけれど、いつも着物で生活しているという感じが、この女の人からは伝わって来た。
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