第60話 何をお探ししましょう?

 店の少女は、柔和に笑ったまま、友加理ゆかりを見上げていた。

 「前に巾着きんちゃくをお買い上げくださいましたよね」

 「ああ。はい」

 友加理もあらたまった口ぶりになる。店の少女が言う。

 「お財布も」

 「ああ、がまぐちの」

 とても普通にそう答えたものの、友加理は舌を巻いていた。

 よくそんなことまで覚えているものだ。

 「今日は何かお探しですか?」

 「ああ、ええ」

 「お手伝いしましょうか?」

 「ええ、ぜひ!」

 その友加理の言いかたに、相手の子はきょとんとなる。それでも不審そうな表情はすぐに消した。

 立ち上がる。立ち上がる姿が様になっている。礼法通りなのかどうかは、友加理が礼法をよく知らないのでわからない。「昔の育ちのいい日本人はこんなふうに立っていたのだろうな」と思うようなきれいさだ。

 お店番の子は、靴脱ぎ石に置いた草履ぞうりに足を入れて店先に下りてきた。

 「何をお探ししましょう?」

 「あなたを!」

 言って、唇を引いて笑って見せる。

 またお店番の子がきょとんとなったので、友加理は、やった、と思った。

 でも相手の子はすぐに立ち直った。

 「わたしは……探さなくてもここにいますけど?」

 とまどっているはずなのに微笑しているのが心憎い。

 「そう」

 友加理には自分の鼓動が聞こえた。とんとんとんといいリズムを刻んでいる。

 「だから、お手伝いしてほしいんです」

 「はい」

 店の何かを探しているのではないということがわかったようだ。友加理が続ける。

 「わたし……」

 大人なら、ここで名刺を渡すんだろうな、と思う。でも、名刺はもっていないし、生徒証を見せるのは大仰だと思った。

 「明珠めいしゅ女学館じょがっかん第一高校の生徒会長の若尾わかお友加理ゆかりといいます」

 「まあ!」

 ぱっと大きく口を開く。「あんぐり」という感じだ。その顔がどことなく着物姿に似合っていなくて、それがまた、いい。

 作りものではなくて、ほんとうに同じ年ごろの女の子なんだと感じる。

 でも、相手の子はすぐにもとの品のよいスマイルに戻った。

 「明珠女学館というと、もうすぐおひな祭りですよね?」

 「あ、はい」

 この子が友加理の用件をあらかじめ知っていたわけではないだろう。箕部みのべの街で「明珠のおひなさま」はそれだけ有名ということだ。

 でも、そう言ってくれると、話が早い。

 早いぶん、順序立てて行くことにする。

 「それで、そのおひなさまのことで相談なんですけど」

 「はい」

 「おひなさまのMC、つまり総合司会は、毎年、明珠女第一高校の二年生が務めることになってるんですね」

 「はい」

 「ところが、今年、その総合司会をやることになっていた生徒が、インフルエンザで登校停止になっちゃって」

 「まあ!」

 声はさっきの「まあ」より大きいが、これは普通に驚いている表情の範囲に入っている。

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