第59話 いらっしゃいませ
箕部は
城下町だったころのお城の敷地を突っ切って鉄道が通っているので、史跡や名所が駅のすぐ近くにあるし、お城の庭園だったところがいまは公園になっている。
お城のお堀の一部分は公園の大きな池になって残っている。
「
お城のあった細長い丘に登る広い自動車道がある。この道と直角に、丘の上に沿ってまた広い道路が走っている。この広い道沿いがこの街のいちばん栄えているところだ。道の両側には切れ目なく店が続いている。大きいデパートもある。
この丘から下りたところ、公園の縁をめぐるように商店街がある。名まえは箕部すみれ通りといった。
ここの商店街はあまり栄えている感じがしない。もともとはこちらがメインストリートだったというが、お城のあった丘の上に道路ができて人や車の流れが変わり、時代に取り残されてしまったらしい。シャッターを閉じたままの店も多く、しかもそのシャッターが
けれども、夕方になったら、お母さんぐらいかそれ以上の歳の買い物客でこの通りも
駅から出た
そろそろこの商店街が賑わい始める時間だ。
アーケードがかかっていて、しかもそれが薄汚れている。昼間は薄暗くてみすぼらしい。しかし、この時間になると、アーケードの下の店が色とりどりの明かりを灯す。明るいし、その光の色の派手さで、かえって落ち着いた気分になれる。
角の
年輪の見える一枚板の木に「呉服蒲池」と彫った大きい看板が出ている。
「蒲池」はたしか「かまち」と読んだと思うけど、もしかすると「かまいけ」・「かばいけ」とかだろうか。
店の正面には和風の小物を置いた棚がある。小物だけではなく、上品なお香もあるし、ブローチやネックレスも置いてある。
その棚の横から店に入る。店は、手前が黒いタイル張りの土間で、奥は畳敷きになっている。
畳敷きのところに演劇のセットのような
今日、あの子がいないと困ったことになるな、と思う。
でも、その子はその帳場の後ろにきちんと座っていた。
赤地に白で大きな花柄を染め抜いた着物を着ている。色白で頬がほんのりピンクの
友加理が店に入ろうとすると、中から同じくらいの年ごろの女子が二人出てきた。
二人とも
二人は顔を見合わせて笑っていたが、友加理が店に入ってくるのを見て、どきっとしたように顔を上げた。
瑞城の子が箕部の商店街まで何をしに来たのだろう?
アクセサリーでも買いに来たのだろうか?
この瑞城女子高校というのは、明珠
明珠はまじめな進学校、瑞城は派手好きのお嬢様学校と性格が正反対だ。
先生どうしは知らないけれど、少なくとも高校の生徒どうしは仲が悪い。
それも非常に。
おとなしいのは明珠の生徒のほうだから、だいたい明珠の生徒が被害者になる。
帰り道に瑞城の生徒数人に囲まれて、財布をとられたり、人気のないところに連れて行かれて転ばされ、泥だらけにされたり、泥だらけにされた上に財布を取られたりと、さんざんだ。そうなると、明珠の生徒会長が、抗議に、少なくとも交渉に行かなければいけないのだが、行くと今度は生徒会長が泣かされて帰ってくる。友加理が生徒会長になったとき、任期のあいだに一度か二度はあることだから覚悟しなさいよ、と先輩たちに言われたが、幸いなことにそんなことは友加理の任期中には一度も起こらなかった。
友加理はコートを着てマフラーを巻いているから、明珠女の生徒とすぐにはわからないだろう。明珠女の制服にはコートは含まれていないから、コートでは判別がつかない。
それでも、コートの下に少しだけはみ出たスカートの裾でわかるだろうか。
瑞城の生徒は二人並んで小さくお辞儀をして出て行った。友加理もそれに答えて小さくお辞儀をし、入れ替わりに店に入った。
瑞城の子のことは忘れることにする。
店番の子は顔を上げ、友加理の顔を見て
「いらっしゃいませ」
と明るい声をかけた。目尻を下げてにこっと笑う。
だいじょうぶだ。
この子ならば
羽登子より適役かも知れない。羽登子は声が細くて声が通らないところがあるが、この子の声は低めだけれどよく通る。
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