第57話 やっぱりだめだなぁ……
「だったら
「
市辺正実というのはこの
いま純音が電話して
その伴奏でヴァイオリンを弾くということで、この前の打ち合わせには来ていた。だから段取りもある程度はわかっているはずだ。
この子で純音が納得するなら、それでもいいか、と思う。
「うぅん……やっぱりだめだなぁ……」
しばらく考えてから、マフラーから口もとを出し、純音は言った。
「あの子、めんどくさがりだから。いまから説得しても、絶対いや、で押し通すと思う」
「あんたの頼みでも?」
「うん」
純音がそう断言する以上、そうなのだろう。
「じゃあ、困ったな……」
友加理は大げさにため息をついて、机に両肘をついた。
こんなときに純音も友加理も「じゃあ
志穂美といっしょにいるのに、言い出さない。
女の子って残酷だな、と思う。
なぜ二人とも「志穂美は?」と言い出さないかというと、この
純音ほどではないが太っていて、いつも血色の悪そうな顔をしていて、しかも「大きくてはっきりした声」というのが出せない。
前に、国語の現代文の朗読で、先生に
「もっと大きくはっきりと読みなさい」
と言われたことがある。それで声は大きくなったもののかえって何を言っているかわからなくなった。
そこに、さっき名まえが出た
「何言ってるかわからないね」
とぼそっと言って、くすっと笑った。その声と笑い声が届いたらしく、志穂美が読むのはそこでぶつっと止まってしまった。
それからは悲惨だった。大声で少しだけ読んだかと思うと止まり、また少し読んで止まりを繰り返した。最後はもう声が出ているのがわかるだけで、どこを読んでいるかもわからない。志穂美がばたっと座ったので終わりまで行ったとわかったくらいだ。
その志穂美は責任感は強い。そんな悲惨なことになっても、読むのをやめたり、泣き出したりはしないで、最後まで読んだ。何を言っているかわからない声になっているのは自分でもわかっただろう。それでも読むべきところまで読む。
志穂美とはそういう子だ。
だから、ここは志穂美しかいないね、などと言うと引き受けてしまいそうだ。それもまた残酷だ。
友加理はこのあたりで最初に思いついたほうへ話をもって行くことにした。
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