第55話 どうしよう? ひな祭りのMC

 友加理ゆかりが率先して座る。

 志穂美しほみ純音すみねも友加理に続いて座った。床が木なのでがたがたと音がする。

 この建物は舎監棟しゃかんとうという。

 「戦前」と呼ばれている時代、もう百年近くも前、この明珠めいしゅ女学館じょがっかんが創立されたころ、明珠女学館は全寮制で、大きい寄宿舎があった。

 そしてここはその寄宿舎の管理人さんの事務所だった。管理人の住居も兼ねていて、管理人とその家族がこの建物に住んでいたという。

 改修もしてあるし、メンテナンスもまずまず行き届いているけど、古い建物だ。古いからかどうか知らないけど、その床は椅子を引くと大げさに響く音を立てる。

 いま、その舎監棟は、一階が高校の文化祭実行委員会室と生徒会小会議室、二階はやはり高校の生徒会室と生徒会会議室として使われている。

 文化祭の前には、この実行委員会室の奥半分は物置きと化し、手前側には委員や部活やサークルの子たちがいっぱい出入りしていろいろな作業をやる。

 ティーンエイジ半ばの女の子たちが、お互いに体をぶつけ合い、大きな荷物をぶつけ合って、それでもけんかをしているひまなどないので不機嫌に黙々と自分のやるべきことを続ける。そのむせ返りぐあいがいやになるくらい狭い。

 一年のときは新聞部員として、二年生では生徒会長として文化祭前にここに詰めて、友加理は二回ともそんな初秋の日々を送った。

 でもいまは広くて寂しい部屋だ。部屋のなかには、ただ「口」の字型に机が並び、折り畳み椅子が置いてある。

 その、入り口に近いほうの角に、益守ますもり志穂美と岡村おかむら純音と三人で腰を下ろしたのだが。

 「どうしよう? ひな祭りのMC」

 低い声で言うと、純音は友加理と志穂美を順番に見た。

 見られたからと言って、何か名案が浮かぶわけでもない。

 明珠女学館第一高校では、ひな祭りの日に近い日曜日に箕部みのべ梅花ばいか公園の一部分を借り切って「観梅会かんばいかい」というイベントをやる。

 秋の文化祭では埋もれてしまいがちな小さい芸術系の部活やサークルのための文化祭という性格もあるし、卒業する三年生を送る会でもある。

 「観梅会」というのはよほど正式に言わなければならないときの言いかたで、普通はみんな「ひな祭り」と言っている。箕部や泉ヶ原いずみがはらの街でも「明珠のおひなさま」で通っている。街でもそこそこには知られたイベントだ。ひな祭りなら梅じゃなくて桃だろう、というような疑問は、たぶん十人中八人か九人は感じるのだろうけど、だれも口にしない。

 布上ふかみ羽登子はとこはそのひな祭りの進行役を担当することになっていた。

 その総合進行役を、英語で「MC」と呼ぶのは、おくゆかしい明珠女学館の伝統には合わなさそうなのだが、なぜかみんなそう呼んでいる。

 布上羽登子はいい家柄の子だという。一つ下の学年の安野やすの夏子なつことともに「明珠女二大お嬢様」と呼ばれている。

 布上羽登子は目が細くて、笑うと、「手弱女たおやめ」というのはこんな感じの女の子のことなんだろうな、という笑顔になる。でも、体格は意外とがっちりしていて、ほぼ徹夜明けの体育で走り幅跳びで学年一の成績を出すほどのバイタリティーの持ち主でもある。

 このひな祭りのMCにはうってつけの生徒で、本人もいいと言ったので、かわりにだれかを立てることは考えてこなかった。

 その子がインフルエンザで倒れてしまうとは。

 「ちゃんと段取りがわかってて、しかも四時間、いや、準備の時間も入れたら五時間ぐらいは、着物が着崩れない人じゃないと無理だっていうのに……」

 その愚痴っぽい純音の声で、友加理はふと名案を思いついた。

 着物……?

 そうだ。

 それですべてうまく行く。すべてが解決する。

 その解決でいいじゃない!

 ……でも、いま思いついたことをいきなり言っても認めてはもらえないだろう。

 段取りを考えて、順番に話を進めないと。

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